ストレスチェック結果による配置転換や降格は違法?不利益取扱いの判断基準

公開日: 最終更新日: 執筆:一般社団法人メンタルセーフティー推進機構

労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度は、単なる事務的な義務ではなく、働く人々のメンタルヘルス不調を未然に防ぐ一次予防を主目的とした重要な施策です。しかし、この制度が効果的に機能するためには、労働者が安心して受検し、必要に応じて医師の面接指導を申し出られる環境が不可欠です。

もし、ストレスチェックの結果や面接指導の申し出を理由に、解雇や不当な配置転換が行われるとしたら、労働者は自分を守るために正確な回答を控え、面接を避けるようになります。これでは、制度そのものが形骸化しかねません。本記事では、厚生労働省発行の「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」(以下、マニュアル)に基づき、事業者が守らなければならない「不利益な取り扱いの禁止」について、法的な根拠と実務上の境界線を詳しく解説します。

労働安全衛生法が定める不利益な取り扱いの定義と範囲

ストレスチェック制度において、事業者が行ってはならない不利益な取り扱いは、大きく分けて2つのフェーズに分類されます。

不利益な取扱いの区分 具体的な禁止事項と実務上の留意点
① 面接指導の申し出を理由とする不利益な取り扱い マニュアル(P44)および労働安全衛生法第66条の10第3項には、「事業者は、面接指導の申出をしたことを理由として、労働者に対して不利益な取扱いをしてはならない」と明記されています。
具体的には、以下の行為が禁止されています。

  • 「解雇」すること。
  • 「期間満了による更新を拒絶(雇い止め)」すること。
  • 「退職勧奨」を行うこと。
  • 「不当な動機に基づく配置転換や降格」を命じること。
② 医師の意見に基づく措置による不利益な取り扱い 面接指導後、事業者は医師から就業上の措置(残業禁止や業務軽減など)について意見を聴取します。この際、医師の意見を「超えて」過剰な制限を課すことは、不利益な取り扱いとみなされる可能性があります。
ストレスチェックマニュアル(P45)では、医師の意見に基づき「就業上の措置を講じること」自体は不利益な取り扱いには当たりませんが、その措置が必要な範囲を超え、労働者にとって不当に不利な条件(極端な給与カットや、キャリアを断絶させるような閑職への移動など)にならないよう留意すべきとしています。

人事労務担当者が留意すべき不当な動機の判断基準

実務において最も判断が難しいのが、不当な動機による配置転換や降格です。事業者は、経営上の必要性から人事異動を行う権利を有していますが、それが「ストレスチェックの結果」を理由に行われた場合は、法的なリスクを伴います。ストレスチェックマニュアル(P44)によると、以下のようなケースは「不利益な取り扱い」に該当する可能性が非常に高いとされています。これらの措置を行う場合、事業者はそれが「業務上の必要性」に基づき、かつ「適切な手続き」を踏んだものであることを客観的に証明できなければなりません。

ストレスチェック制度の不利益取り扱い禁止に関する説明画像
ストレスチェックにおける不利益取り扱いの禁止とは?(クリックで拡大)

No. 禁止される不利益な取扱いの具体的なケース
1 「面接指導を申し出した直後に、理由もなく主要なプロジェクトから外す」
2 「高ストレスであることを理由に、本人の意向を無視して昇進を取り消す」
3 「産業医が『通常勤務可能』と判断しているにもかかわらず、リスクを恐れて一方的に出勤停止を命じる」

派遣労働者に対する不利益な取り扱いの留意点

ストレスチェック制度は、派遣労働者については派遣元事業者(派遣会社)に実施義務があります。しかし、実際の就業場所は派遣先事業者であるため、両者の連携において不利益な取り扱いが発生しないよう注意が必要です。ストレスチェックマニュアル(P58)では、派遣先事業者に対しても、以下の点を強く求めています。派遣先が「メンタルに不安がある人は困る」という理由で契約を打ち切ることは、制度の趣旨を逸脱する不利益な取り扱いに該当します。 

  • 派遣労働者が面接指導を受けるための「時間の確保」を妨げないこと。

  • 面接指導の申し出を理由に、「派遣契約を解除」したり、「交代を要求」したりしないこと。 

組織の信頼を構築するための周知と規程

不利益な取り扱いを防ぎ、受検率や面接申し出率を向上させるためには、単に「やらない」だけでなく、労働者に対して「やらないことを約束する」姿勢が重要です。このような「公式な宣言」が、労働者の安心感に繋がり、結果として企業の健康リスクを早期に発見することに直結します。

実施前準備・周知のポイント 具体的な実施内容とマニュアルの要点

衛生委員会での調査審議

(ストレスチェックマニュアルP12)

ストレスチェック制度を実施する前に、必ず衛生委員会等で「不利益な取り扱いの防止に関する事項」を審議し、社内規程(ストレスチェック実施規程)として明文化する必要があります。
労働者への周知徹底 マニュアル(P18)では、実施計画を労働者に通知する際、以下の内容を強調することを推奨しています。

  • 「ストレスチェックの結果は、本人の同意なしに会社に提供されないこと」
  • 「面接指導を申し出ても、人事評価で不利に扱われることは一切ないこと」

医師の意見聴取後の適切な措置へのステップ

面接指導が行われた後、事業者が実施すべきステップはストレスチェックマニュアル(P42〜43)に詳細に記されています。このプロセスにおいて、医師の意見を無視して事業者が独断で厳しい措置をとることは、安全配慮義務違反だけでなく不利益な取り扱いのリスクを高めます。常に医学的な根拠と対話をセットにすることが鉄則です。

事後措置のステップ 具体的な実施内容とポイント
1. 「医師からの意見聴取」 面接指導実施後1ヶ月以内に行う。
2. 「労働者へのヒアリング」 医師の意見を踏まえ、具体的な措置を検討する際、可能な限り本人の意向を確認する。
3. 「措置の決定と実施」 業務軽減や残業禁止などの措置を講じる。
4. 「事後確認」 措置が適切に機能しているか、定期的に産業医や保健師が状況を確認する。

ストレスチェック制度における不利益取り扱いに関するよくある質問

Q1. ストレスチェックの結果によって解雇や降格などの不利益な取り扱いが行われる基準や、具体的な禁止行為は何ですか?
労働安全衛生法および指針により、主に以下の行為が厳格に禁止されています。

・受検しないことを理由とした解雇、雇い止め、退職勧奨
・不当な配置転換や降格、減給などの処遇
・面接指導の結果に基づき、本人の意図に反して過度な業務軽減や強制的な休職命令を出すこと
・面接指導を申し出たことを理由とした人事評価の引き下げ

制度の運用にあたっては、あくまで「労働者の健康確保」が目的であることを徹底し、不適切な人事評価に繋がらないよう留意する必要があります。
Q2. ストレスチェックの受検拒否を理由に、就業規則に基づいた懲戒処分を下すことは可能ですか?
できません。ストレスチェックの受検は従業員にとって義務ではなく「任意」とされているため、受検を拒否したことのみを理由とした懲戒処分や不利益な扱いは認められません。会社は受検を推奨する働きかけを行うことは可能ですが、最終的な判断は本人の意思を尊重しなければならないと定められています。
Q3. 高ストレス者であるという判定結果のみを理由として、昇進や昇格を見送ることは違法になりますか?
はい、不利益な取り扱いとして違法となる可能性が非常に高いです。ストレスチェックの結果は「その時点での心理的な負担」を測定するものであり、業務遂行能力や潜在的な資質を評価するものではありません。検査結果のみを理由とした昇進の見送りや降格は、制度の趣旨に反する不適切な運用とみなされます。
Q4. 産業医の意見書に基づいた面接指導後の配置転換は、どのような場合に不利益取り扱いとみなされますか?
産業医が医学的見地から「就業場所の変更が必要」と意見を述べ、本人の健康を守るために適切な範囲で行われる配置転換であれば正当な措置となります。しかし、本人の意向を無視して合理性のない過酷な部署へ異動させたり、キャリアを損なうような露骨な役職剥奪を行ったりする場合は、実質的な不利益取り扱いと判断されるリスクがあります。措置を決定する際は、必ず労働者の意見を聴取し、十分な話し合いを行ってください。
Q5. 本人の情報提供への同意がないまま、会社が勝手に結果を把握して業務から外すなどの措置をとることは許されますか?
許されません。ストレスチェックの結果は機密性の高い個人情報であり、本人の同意なしに事業者が内容を把握することは法律で厳格に禁じられています。本人に無断で結果を取得し、それを理由に業務から外すことは明確な法令違反です。必ず個別に情報提供の同意を取得した上で、産業医等の専門家を介して「就業上の措置」を適切に検討する必要があります。

不利益な取り扱いの禁止を守ることは、単なる法令遵守(コンプライアンス)の問題ではありません。それは、従業員との信頼関係を維持し、組織としての「自浄作用」を高めるための基盤です。

ストレスチェックを単なる義務・法令対応と捉えるのではなく、不利益な取り扱いを徹底的に排除することで、社員が不調を安心して自己開示できる文化を醸成しましょう。その結果、休職者の減少や離職率の低下、ひいては企業全体の生産性向上という大きなメリットが得られるはずです。

マニュアルや指針を正しく理解し、透明性の高い運用を継続することが、貴社の発展を支える強い組織を作る第一歩となりえます。