ストレスチェック制度において、人事労務担当者が最も頭を悩ませるプロセスの一つが、結果通知後の事後措置です。特に、高ストレス者と判定された従業員に対し、医師による面接指導をどのように促すべきか、あるいは本人が拒否した場合にどこまで踏み込むべきかは、実務上の大きな論点となります。
一方、本人が希望しないからとそのまま放置することは、高ストレス者が放置されている状態といえます。本記事では、厚生労働省の「労働者に対するストレスチェック制度実施マニュアル」(以下、マニュアル)および「心理的な負担の程度を把握するための検査等に関する指針」(以下、指針)に基づき、面接指導勧奨の適切な運用を行いつつ、面接指導を受けることが望ましい従業員からの申し出喚起について考えます。
面接指導の希望はあくまで本人の申出が原則
まず、ストレスチェック制度における面接指導の基本原則を再確認しましょう。ストレスチェックの結果、高ストレス者と判定された労働者に対する医師の面接指導は、労働者本人の申出に基づいて行われることが法律で定められています。
「事業者は、検査の結果、心理的な負担の程度が高いと認められる労働者から申出があったときは、当該労働者に対し、医師による面接指導を行わなければならない」(労働安全衛生法第66条の10第3項)
ストレスチェックマニュアル P15には、ストレスチェック受検と同様、面接指導の申出も労働者の自由意志に委ねられていることが明記されています。会社側が「高ストレスだから強制的に医者と面談させる」ことは原則として認められません。ここには、高ストレス者であるという機微な情報が、本人の同意なく事業者に伝わることを防ぐというプライバシー保護の観点があります。
高ストレス者放置低減をルールに則って取り組むヒント
面接指導対象者に該当しながら申し出を行わない高ストレス者に対し、プライバシーに配慮しながら面接指導を勧めるにはどうすれば良いのでしょうか。ストレスチェックマニュアル P86周辺の記載を参考に、実務的なステップを整理します。
| 申出を促す工夫 | 具体的な実施内容とメッセージのポイント |
|---|---|
| ① 個別の勧奨メール・通知の工夫 | 高ストレス者本人に対して、結果とともに面接指導の案内を送る際、「あなたが面接指導対象者に選定された」というネガティブなニュアンスを排除することが肝要です。「この結果は、あなたが日々頑張りすぎているサインかもしれません。専門家と話すことで、今の負担を軽くするヒントが得られる可能性があります」といった、労働者に寄り添った文面、メッセージが推奨されます。 |
| ② 申出窓口の秘匿性を担保する | 「人事部長に直接申し出る」という仕組みでは、誰も手を挙げません。ストレスチェックマニュアル P35では、実施事務従事者(外部機関の担当者や、人事に直接関わらない産業保健スタッフなど)を窓口にすることを推奨しています。「会社に知られずにまずは相談できる」という安心感が、申出率を左右します。 |
| ③ 不利益な取扱いの禁止を再三周知する | ストレスチェック指針 P22に記載の通り、面接指導を申し出たことを理由に、解雇や不当な配置転換を行うことは厳禁です。このルールが徹底されていることを、勧奨のタイミングで改めて強調することが、心理的な安全性を高めます。 |
高ストレス者本人が面接指導を申し出ない場合の工夫
| 施策・アプローチ | 具体的な運用内容と狙い |
|---|---|
| 産業医による「健康相談」の活用 | ストレスチェック制度枠外の「健康相談」として、産業医や保健師との面接を勧める方法があります。これはストレスチェックの結果を紐付けず、あくまで「最近の労働時間の状況」や「体調確認」の名目で行うものです。 |
| 集団分析結果に基づく職場環境改善 | 個人の特定を避けつつ、その労働者が所属する部署全体の環境を改善することで、間接的に個人のストレス軽減を図ります(「指針 P15」)。 |
面接指導後の事後措置における留意点
もし労働者が面接指導に応じた場合、事業者は医師の意見を聴取し、必要な措置(就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮など)を講じなければなりません。ストレスチェックマニュアル P108では、医師の意見聴取後の措置決定において、以下のプロセスが求められています。ここで重要なのは、措置の内容が本人にとって不当な利益剥奪にならないことです。例えば、残業代を減らすために無理やり残業禁止にする、といった運用は、ストレスチェック制度の趣旨を大きく逸脱するとともに、労働安全衛生法違反になりえます。
| 事後措置のステップ | 具体的な内容と留意点 |
|---|---|
| 1. 医師からの意見聴取(1ヶ月以内) | 面接指導実施後、速やかに医師から就業上の措置に関する意見を聞きます。 |
| 2. 労働者本人への説明と意見聴取 | 会社が決定した措置内容について、本人に丁寧に説明し、納得感を得るよう努めます。 |
| 3. 措置の実施 | 医師の意見を尊重しつつ、業務遂行上の必要性と照らし合わせて最適な措置を行います。 |
ストレスチェック制度の大きな意義の一つとして、ストレスを点数化して従業員の通知を出すことだけではなく、その後の「ケア」にあります。高ストレス者を放置することは、従業員の健康を損なうだけでなく、企業にとっての経営リスクを放置することと同義です。
人事労務担当者の役割は、法律の枠組みを守りつつも、従業員が「自分のための制度だ」と確信できるような温かい運用をデザインすることにあります。マニュアルや指針を「守るべきルール」としてだけでなく、「組織を強くするためのガイドライン」として活用していきましょう。
