健康経営・メンタルヘルスを重視する企業風土の作り方|経営者のコミットメントから現場への定着まで実践ステップを解説

公開日: 最終更新日: 執筆:一般社団法人メンタルセーフティー推進機構

「ストレスチェックは毎年実施しているけれど、その結果が職場改善につながっていない」「産業医と面談制度はあるのに、誰も相談に来ない」「健康経営優良法人の認定は取れたが、現場の雰囲気は何も変わっていない」——こうした「制度はある・文化はない」という状況に悩む人事労務担当者・産業保健スタッフの方は少なくないのではないでしょうか。健康経営やメンタルヘルス対策が真に機能するためには、個別の施策や制度の導入だけでなく、「従業員の心身の健康を組織全体で支える」という価値観・行動規範が、組織の文化として根づくことが不可欠です。


当解説記事では、経済産業省「健康経営における『心の健康』投資・実践ガイド」(2025年3月・2025年10月一部改訂)をはじめとする公的資料をもとに、健康経営・メンタルヘルスを重視する企業風土を育てるための実践的なステップを解説します。

💡 この記事でわかること
  • 1健康経営やメンタルヘルス対策を単なる「制度対応」の形骸化で終わらせず、会社の「企業風土」として深く根づかせるために不可欠な、経営トップのコミットメント(発信)と組織体制整備の具体的な考え方がわかります。
  • 2「ワーク・エンゲイジメントの向上」「心理的安全性の確保」「管理職の行動変容(マネジメント改革)」という3つの視点から、人事や経営陣が現場レベルで実践できる具体的なアプローチや取り組みが整理できます。
  • 3企業風土の変革をPDCAサイクルに乗せて一過性にせず継続的に推進するための実務のポイントと、それらの取り組みを「健康経営優良法人」の認定取得へと効果的に連動させるプロセスが理解できます。

「企業風土」として根づかせることの重要性

健康経営やメンタルヘルス対策をめぐる最大の課題は、「産業医を選任し、年1回のストレスチェックを機械的に行っているだけ」という形骸化した対策が蔓延し、データが死蔵され、具体的な職場改善に結びついていない状況の多さにあります。

制度と文化の違いを整理すると、制度とは「ストレスチェックの実施義務」「相談窓口の設置」「産業医との面談」のように、仕組みとして存在するものです。文化(企業風土)とは、その仕組みを「当然のこととして活用し、支え合う」という行動・価値観が組織に浸透した状態です。制度がなければ文化は育ちませんが、制度があるだけでは文化にはなりません。

「心の健康」投資活動は健康管理にとどまらず、組織マネジメント、心理、行動科学など多角的な知見が必要です。企業風土の変革は一朝一夕には実現しませんが、正しいアプローチを継続することで確実に変化をもたらすことができます。

健康経営・メンタルヘルスを重視する企業風土の作り方について、経営者のコミットメント・組織体制・管理職の役割・PDCAによる定着など実践的なポイントをまとめた要約図
健康経営・メンタルヘルスを重視する企業風土の作り方

企業風土づくりの土台:経営者のコミットメント

健康経営・メンタルヘルスを組織文化として根づかせるための第一条件は、経営トップが本気でコミットすることです。

経済産業省は健康経営推進における経営者のコミットメントについて、「経営トップのコミットメント、統合報告書への記載等を通じた社内外への発信」「社長や役員が健康づくり責任者になる等、経営層が参加する組織体制の構築」を健康経営の中核的な取り組みとして位置づけています。

経営者のコミットメントが企業文化を変える理由は、従業員が経営者の言動から「何が本当に大切にされているか」を読み取るためです。「健康を大切にする」と経営者が述べるだけでなく、自身の残業を減らす・健康診断を必ず受ける・ストレスチェックに参加する・メンタルヘルス不調の従業員を「戦力外」ではなく「支援すべき仲間」として扱うという実際の行動が、組織全体のメッセージとなります。

具体的な取り組みとして、経営者が健康宣言を社内外に発信すること、経営会議・取締役会レベルでの健康関連指標の定期的な報告、社長自身が産業保健スタッフと対話する機会の設定などが有効です。経済産業省の調査によれば、健康経営に取り組む企業の約8割が、健康経営推進に関して経営レベルの会議(取締役会や経営会議)で議論されているという実態も報告されています。

組織体制の整備:誰が何を担うかを明確にする

企業風土の変革は、経営者の意思表明だけでは前進しません。誰が何を担い、どのように連携するかという推進体制の整備が、継続的な取り組みの基盤となります。

項目・テーマ 具体的な内容・要件・施策と根拠法令・ガイドライン
健康経営推進責任者・
推進担当者の設置
「組織として健康経営を実践するに当たり、健康経営に係る責任者の設置が必要」です。健康経営推進責任者(多くの場合、役員クラス)と実務推進担当者(人事労務部門・産業保健スタッフ等)を明確に定め、両者の役割分担と権限を整理することが必要です。
産業医・産業保健師・衛生管理者・人事労務担当者が「産業保健チーム」として連携しながら、会社の健康課題を共有し、対策を協働して推進する仕組みをつくることが重要です。
【参考】経済産業省「企業の健康経営ガイドブック」/厚生労働省「産業保健活動をチームで進めるための実践的事例集」(2019年3月)
衛生委員会の活性化 衛生委員会は、健康経営・メンタルヘルス推進の「エンジン」として機能させることができます。メンタルヘルス指針は衛生委員会での調査審議を、心の健康づくり計画の策定・ストレスチェック制度の実施体制整備の前提としています。

「議事録の作成と周知が義務だから」という消極的な姿勢から、「従業員の健康課題を議論し、改善施策を生み出す場」という積極的な位置づけへの転換が、衛生委員会を活性化させる出発点です。ストレスチェックの集団分析結果・健康診断の有所見率・休職者数の推移等をデータとして定期的に持ち込み、PDCAを回す場として機能させることが推奨されます。
【参考】厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成27年改正)
コラボヘルスの推進 「専門職の関与、健康保険組合との連携体制の構築」は、健康経営推進の重要な柱です。事業主と健康保険者(健保組合・協会けんぽ等)が健診データを共有・活用して健康課題を把握し、連携して従業員の健康増進を進める「コラボヘルス」は、効率的な健康管理の実現手段として推進されています。
【参考】経済産業省「健康経営の推進について」(2025年2月)

ワーク・エンゲイジメントの向上:制度から活力へ

健康経営・メンタルヘルスを重視する企業風土を語るうえで、「ワーク・エンゲイジメント」の視点は欠かせません。経済産業省「健康経営における『心の健康』投資・実践ガイド」(2025年3月・2025年10月一部改訂)は、この概念をメンタルヘルスと組織パフォーマンスをつなぐ重要な指標として位置づけています。

視点・テーマ 具体的な内容・定義・実証研究とアプローチ
経営上の指標としての重要性
(実証研究)
単なる「従業員のやる気」を超えた経営上の指標としての重要性が示されています。
【実証研究の成果】
「従業員のワーク・エンゲイジメントの平均値が高く、従業員間のワーク・エンゲイジメントのばらつきが少ない売り場では、売上高が高くなるとの結果が得られた」という実証研究が紹介されています。
【根拠】経済産業省「心の健康投資・実践ガイド」
ワーク・エンゲイジメントを
高めるアプローチ
ワーク・エンゲイジメントを高める具体的なアプローチとして以下が挙げられます。
  • 業務の意義・目的の明確化
  • 自律性・裁量の拡大
  • 適切なフィードバック
  • 上司・同僚のサポートの充実
  • 成長機会の提供など
【企業風土変革において重要な視点】
これらはメンタルヘルス対策(ストレスの除去)と補完的な関係にあり、「不調を防ぐ」だけでなく「活力を生み出す」という攻めの視点が重要です。

心理的安全性:「相談できる文化」の土台

健康経営・メンタルヘルスを重視する企業風土の特徴のひとつは、「困ったことを言いやすい」「SOSを出せる」という雰囲気があることです。この雰囲気の正体が「心理的安全性」であり、Googleのプロジェクト・アリストテレスによってチームパフォーマンスの最重要因子として確認された概念です。

「人材獲得がし烈な海外の大手IT企業や世界的企業では、心理的安全性の確保やマインドフルネスプログラムなど、心の健康への投資が活発」であることが指摘されています(経済産業省「心の健康投資・実践ガイド」)。心理的安全性の高い職場では、ストレスや困難を早期に相談でき、問題が深刻化する前に対処が可能になります。

主軸・推進主体 具体的な実践内容・求められる姿勢と組織的基盤
リーダー・管理職が
実践できること
心理的安全性を高めるために、リーダー・管理職は以下のような行動を具体的に実践することが挙げられます。
  • 「自分の弱さや失敗を率率直に開示すること」
  • 「メンバーの発言を評価・批判せずに受け取る姿勢を示すこと」
  • 「相談してきた人に対して感謝を示すこと」
  • 「医療機関や産業保健スタッフへの受診を勧めることを当然のこととして扱うこと」
組織的な体制整備
(4つのケア)
厚生労働省のメンタルヘルス指針が定める「4つのケア」の実践、特に以下の二つのケアが機能することで、心理的安全性の基盤が組織的に整備されます。
  • ラインケア(管理監督者によるケア)
  • 事業場内産業保健スタッフ等によるケア
【根拠】厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成27年改正)

管理職の行動変容が文化を変える

企業風土の変革において、管理職(ラインの管理監督者)の行動は最も重要なファクターのひとつです。従業員が日常的に接する直属の上司の言動が、「この職場は健康を大切にしているか」「相談してよいか」という認識を決定的に左右します。

「ワーク・エンゲイジメントが高いと部下への適切なリーダーシップ行動が多い」という研究も示されており(経済産業省「心の健康投資・実践ガイド」)、管理職自身のエンゲイジメントを高めることが部下へのよい影響の連鎖を生み出します。

具体的な行動項目 実務における具体的な進め方 と 留意事項
日常的な観察と声かけ 部下の「いつもと違う」様子(欠勤の増加・業務効率の低下・コミュニケーションの減少等)に気づき、声をかけることが二次予防の起点となります。
【根拠】厚生労働省「職場における心の健康づくり」独立行政法人労働者健康安全機構、2025年7月版
1on1ミーティングの活用 月1回程度の個別面談を通じて、業務の状況だけでなく部下のウェルビーイングを確認する習慣をつくります。
有給休暇取得の積極的推進 管理職自身が率先して有給休暇を取得し、部下の取得を推奨する言動が必要です。
メンタルヘルス関連の
社内リソースの積極的な案内
産業医・産業保健師への相談方法・社内相談窓口・EAP等のリソースを「困ったときはここに行ける」と日頃から伝え、敷居を下げることが重要です。

管理職がこれらを実践できるよう、ラインケア研修・コーチング研修・傾聴スキル研修を定期的に実施し、管理職評価に「部下の健康管理・相談対応への取り組み」を盛り込むことで、組織として管理職の行動を支援する仕組みをつくることが推奨されます。

PDCAによる継続的な改善と定着

健康経営やメンタルヘルス対策を単なる一過性のイベントで終わらせず、自社の文化として根づかせるには、継続的な評価と改善(PDCA)を組み込んだ長期的な仕組みづくりが求められます。

PDCAフェーズ 具体的なアクション・実施内容 と 経済産業省の推奨事項
計画(Plan) ストレスチェック集団分析・健康診断有所見率・休職者数・エンゲイジメントスコア等の自社データを分析し、優先的に取り組む健康課題と目標を設定します。

【経済産業省による推奨事項】
  • 計画の策定:(例:従業員の健康課題を把握、健康課題解決のために有効な取組を設定、健康経営で実現する目標値と目標年限を明確化)
  • 土台作り:(例:ヘルスリテラシー向上のための研修を実施、ワークライフバランスや病気と仕事の両立に必要な就業規則等の社内ルールの整備)
【根拠】経済産業省「健康経営の推進について」2025年2月
実施(Do) 計画に基づいて施策(セルフケア研修・ラインケア研修・ストレスチェックの活用・職場環境改善・相談窓口の周知等)を実施します。
評価(Check) 施策の実施状況と結果(KPIの達成状況・従業員アンケート・相談件数の変化等)を定期的に確認し、衛生委員会に報告します。
改善(Act) 評価結果をもとに施策を修正・拡充し、次年度の計画に反映させます。

このPDCAを衛生委員会を中心として年度ごとに回し続けることで、取り組みが「今年だけの行事」ではなく「毎年続く組織の習慣」として定着していきます。

「心の健康」投資の視点:経済産業省の最新ガイドが示す方向性

経済産業省は2025年3月に「健康経営における『心の健康』投資・実践ガイド」(2025年10月一部改訂)を公表しました。このガイドは、健康経営における「心の健康(メンタルヘルス)」への投資を、単なるコストや法令対応ではなく「人的資本への投資」として位置づけた点で大きな意義を持ちます。

「メンタル不調による休職・退職者比率が高くなると、企業業績が低くなる傾向にあり、特に固定費用が大きい企業(長期雇用に基づき、従業員の社内教育投資を重視している企業)ほど、メンタル不調の企業業績に対する影響が大きい」ことが示されています。また、「メンタルヘルス不調者の復職後5年以内の再病休率は47.1%であり、特に復職後2年間は、再発のリスクが高い」というデータも示しており、三次予防(職場復帰支援)だけでなく一次予防・二次予防への積極的な投資が企業にとってより経済合理性があることを示しています

人的資本経営の潮流の中で、有価証券報告書への人的資本情報開示が義務化された今、健康経営・メンタルヘルス対策の状況は投資家・求職者・取引先からの評価項目として位置づけられています。これを「コスト」ではなく「投資」と捉え、ROI(投資対効果)を意識しながら継続的に取り組む経営判断が、企業文化の変革を後押しします。

健康経営優良法人認定との連動で「見える化」する

健康経営・メンタルヘルスを重視する企業風土の醸成を、対外的に「見える化」するツールとして健康経営優良法人認定制度を活用することが有効です。健康経営優良法人2026では大規模・中小規模合わせて26,850法人が認定されており(経済産業省、2026年3月)、認定取得の取り組み自体が組織の健康課題の棚卸し・目標設定・施策実施・評価というPDCAの一巡となります。

認定の評価基準である5つの大項目(経営理念・方針、組織体制、制度・施策実行、評価・改善、法令遵守)は、企業風土づくりのチェックリストとして活用することもできます。認定ロゴの掲示・採用サイトへの記載・健康経営宣言の社内外への発信は、従業員に「うちの会社は健康を本気で大切にしている」というメッセージを伝え、風土の醸成を促進します。

健康経営・企業風土づくりに関するよくある質問

Q 中小企業でも企業風土づくりに取り組めますか?
A

取り組めます。むしろ中小企業は組織規模が小さい分、トップが率先することでの変化が大企業より早く現れやすいというメリットがあります。経営者が「健康についての話を普段からする」「体調が悪い時に休むことを当然とする」という日常的なメッセージが、大企業の社内報やキャンペーンより強力に従業員に届く場合があります。まずさんぽセンターへの相談・健康宣言の実施・ストレスチェックの実施(2028年4月から義務化)から始めることが現実的な第一歩です。

Q 企業風土の変化はどのくらいの期間で現れますか?
A

企業風土の変化は通常3〜5年以上の継続的な取り組みが必要です。ストレスチェックの集団分析結果・従業員の有給休暇取得率・休職者数・エンゲイジメントスコアなどの指標を年度ごとに比較することで、変化を「見える化」することができます。「継続的にPDCAを回し、組織文化として根づかせる視点が重要」であり、1〜2年の取り組みで結果が出なくても継続することが重要です。

Q 管理職が抵抗感を示している場合はどうすればよいですか?
A

管理職の抵抗感の多くは「健康管理の話を持ち出すと部下に干渉しすぎと思われないか」「自分がメンタルヘルスについて何を言えばよいかわからない」という不安から来ています。まず「言わなければならないこと」ではなく「知っておくと役立つこと」として、具体的なラインケア研修・スキルアップ研修を提供することが有効です。管理職を「健康管理の担当者」ではなく「部下のサポーター」として位置づけ、負担感を下げるフレーミングが重要です。

Q ストレスチェックを実施しても活用できていない場合、何から見直せばよいですか?
A

まず集団分析の結果を衛生委員会で審議し、高ストレス部署・高ストレス要因を特定することが出発点です。「ストレスが高い部署で何が起きているか」を管理職と人事・産業保健スタッフで共有し、職場環境改善の具体的なアクション(業務量の見直し・コミュニケーション改善・休暇取得促進等)につなげることで、ストレスチェックが「制度」から「改善ツール」へと変わります。「部署・業態別の健康課題の把握や、医療費を下げる、メンタルヘルス不調者を減らす等の具体的目標に向けた施策を検討する際の基礎データを作り上げること」に、ストレスチェックの集団分析結果を活用することが経済産業省のガイドブックでも推奨されています。

「制度」から「文化」への転換に終わりはない

健康経営・メンタルヘルスを重視する企業風土は、一度つくれば終わりというものではありません。組織の成長・人員の入れ替わり・社会環境の変化とともに、その維持・深化のための取り組みを継続することが求められます。

当解説記事で紹介した①経営者のコミットメント、②組織体制の整備、③ワーク・エンゲイジメントの向上、④心理的安全性の確保、⑤管理職の行動変容、⑥PDCAによる継続的改善という6つの柱は、どれか一つが突出しても機能しません。これらが相互に支え合いながら機能することで、「従業員の健康を大切にする」という価値観が組織の血肉となっていきます。

経済産業省は「健康経営は、人的資本と社会関係資本という2つの無形資本への投資を通じて、企業価値向上を目指す経営手法であり、人的資本経営の土台となること等を伝えている」と位置づけています(経済産業省「新しい健康社会の実現に資する施策について」2025年5月)。健康経営・メンタルヘルス対策を「コスト」ではなく「投資」として捉え、長期的な視点で企業風土の変革に取り組むことが、人材確保・生産性向上・社会的信頼の観点から最も合理的な経営判断です。まず自社のストレスチェック集団分析データを見直し、衛生委員会で課題を議論するところから、今日から始めていただければと思います。

健康経営・企業風土づくりに関する主要情報へのクイック参照表(リンク集)