ストレスチェック実務を担う人事労務担当者の皆様にとっての長らくの課題とも言えるのが、受検率の向上ではないでしょうか。
「なぜ全員受けてくれないのか」「受けない人にペナルティを課しても良いのか」といった疑問や悩みは多くの現場で聞かれます。しかし、ストレスチェック制度は労働安全衛生法に基づく法的義務である一方で、労働者個人のプライバシーや自由意志を尊重する側面が非常に強く設計されています。
本記事では、厚生労働省の「労働者に対するストレスチェック制度実施マニュアル」(以下、マニュアル)および「心理的な負担の程度を把握するための検査等に関する指針」(以下、指針)に基づき、未受検者への対応と、絶対に避けるべき「不利益な取扱い」について解説します。
労働者にストレスチェックの受検義務はないことを前提に工夫を検討する
事業主(企業)側には、常時50人以上の労働者を使用する事業場において、1年以内ごとに1回、定期的にストレスチェックを実施する法的義務がある一方、従業員側には受検義務は課されていません。
- 事業者は、労働者に対し、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない(労働安全衛生法第66条の10第1項)
- 一般定期健康診断とは異なり、労働者に対し受検を義務付ける規定はありません。したがって、労働者がストレスチェックを受けることを拒否したとしても、それを理由に懲罰を課したり、不利益な取扱いをしたりすることは認められません(ストレスチェックマニュアルP14)
ストレスチェックは事業者のストレスチェック実施義務ではあるものの、労働者の受検義務はありません。ここが一般の健康診断との決定的な違いです。事業者は、あくまでストレスチェック機会を提供し、労働者が自発的に受検できる環境を整えることが役割となります。
受検勧奨はどこまで許容されるのか
ストレスチェックの受検率が低いと、職場全体のストレス状況を把握できず、集団分析の精度も下がってしまいます。そのため、未受検者に対してストレスチェックの受検を促すこと(受検勧奨)自体は禁止されていません。むしろ、メンタルヘルス不調の未然防止という制度の目的を達成するためには適切な勧奨が推奨されます。ただし、そのやり方には細心の注意が必要であり、例えば以下のようなケースはストレスチェックマニュアル P25等の記載に照らし合わせると、不適切またはリスクが高いと判断されます。
| 禁止される不適切な言動 | 具体的なリスク・理由 |
|---|---|
| 特定の個人を名指しして強く迫る | 「〇〇さん、まだ受けていないのはあなただけですよ」といった声掛けは、心理的な圧迫感を与え、プライバシーの侵害やハラスメントに発展する恐れがあります。 |
| 人事評価への影響を匂わせる | 「受検しないとやる気がないと見なされる」といったニュアンスの発言は、後述する不利益取扱いに該当します。 |
効果的で安全なストレスチェック受検勧奨としては、個別の受検勧奨のほか、全社的なリマインドメールの送付や、ポスター掲示、制度の意義(「結果は会社には知られない」「自分のセルフケアのためである」など)を再周知することが基本となります。ストレスチェック制度はその実施により企業が得られるデータや情報は非常に限られますが、ストレスチェック受検率をKPI化したり、受検率の多寡だけで取り組みの成否を判断することは、ストレスチェック制度の主旨からして望まれることではありません。
不利益な取扱いの具体例
ストレスチェック制度において、最も厳格に運用されるべきルールの一つが不利益な取扱いの禁止です。これは、労働者が安心して受検できるようにするために最も重要といっても過言ありません。ストレスチェック指針およびストレスチェックマニュアル P25, P120では、以下のような行為を不利益な取扱いとして禁じています。
| カテゴリ | 該当する具体的な行為 |
|---|---|
| 受検に関連するもの |
|
| 結果・情報の提供に関連するもの |
|
| 面接指導に関連するもの |
|
特に注意が必要なのは、不利益な配置転換の解釈です。面接指導の結果、医師の意見に基づき「残業禁止」や「部署異動」を行うことは、労働者の健康を守るための「適切な措置」であり、これ自体は不利益な取扱いには当たりません。しかし、その措置が「医師の意見を逸脱している」場合や、「労働者の意に反して、単に現場から排除することを目的としている」と捉えられかねない場合は、法的に問題となる恐れがあります。
プライバシー保護と実施事務従事者の役割
労働者がストレスチェック受検を躊躇する理由のひとつは、「結果が上司や人事に見られて、評価に響くのではないか」という不安です。この不安を払拭するために、制度上では情報の共有やルートにストッパーを設ける工夫が徹底されています。ストレスチェックマニュアル P30およびP79によれば、個人のストレスチェック結果は実施者から直接、受検者本人に通知されます。このため、事業者が結果を取得するためには受検者本人の明示的な同意が必要です。この際、重要なポイントは以下の通りです。
| 重要ルール | 具体的な内容と法的な留意点 |
|---|---|
| 受検前や受検時の包括的な同意は無効 | 「受検したら会社に結果が通知されることに同意したものとみなす」といった運用は認められません。あくまでも結果が本人に通知された「後」に、改めて同意を得る必要があります。 |
| 実施事務従事者の守秘義務 | ストレスチェックの事務作業(データ入力、未受検者の特定など)を行う「実施事務従事者」には、厳格な守秘義務が課せられます。人事事務に直接的な権限を持つ人(採用、昇進、異動に影響力を持つ人)は、原則として実施事務従事者になることができません(「マニュアル P33」より)。これは、「結果を知っている人が評価も行う」という状況を避けるためです。 |
経営者や人事労務担当者が取り組むべき安心感の醸成
受検率を高めるために無理な勧奨を行うのではなく、以下のようなポジティブなアプローチを検討してみてください。
| 取組項目 | 具体的なアプローチとメッセージ |
|---|---|
| 情報の安全性を何度も伝える | 結果は医師と外部機関のみが管理し、会社には同意がない限り一切伝わらないという仕組みを、実施期間中だけでなく、年間を通じて周知します。 |
| 経営層からのメッセージ発信 | 社員の健康こそが企業の財産である、ストレスチェックは自分自身を振り返るためのツールである、というメッセージをトップから発信することで、受検のハードルを下げます。 |
| 高ストレスという言葉のイメージ払拭 | 高ストレス=心が弱いという誤解を解き、高ストレス=今は少し休養や調整が必要なシグナルという前向きな捉え方を広めます。 |
ストレスチェックの受検勧奨に関するよくある質問
ストレスチェック制度は、単なる法的義務の消化ではありません。労働者のプライバシーを尊重し、「不利益な取り扱い」を厳格に排除することで初めて、社員は本音で回答し、自身の健康に向き合うことができます。
人事労務担当者の皆様には、マニュアルに沿った正確な知識を持ちつつ、労働者の不安に寄り添うサポーター的な視点が求められます。この会社なら安心して自分の状態を正直に答えられる、と思ってもらえる環境を構築することこそが、結果としてストレスチェック受検率の向上、そしてメンタルヘルス不調の未然防止に繋がると考えられます。

