ストレスチェック制度を運用する上で、人事労務担当者が最も神経を尖らせ、かつ労働者が最も不安を感じるポイントの一つは、「自分のストレス状況がどこまで会社に筒抜けになるのか」という不安です。
制度の形骸化を防ぎ、労働者が正直に回答できる環境を整えるためには、情報の遮断が正しく機能していることを周知し、実務として徹底することが必要です。厚生労働省「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル(以下、マニュアル)」およびストレスチェック指針(以下、指針)に基づき、情報の取り扱いに関するルールを解説します。
ストレスチェック結果は本人への直接通知
ストレスチェックの最大の特徴は、ストレスチェック結果が「実施者(医師や保健師等)」から「労働者本人」に対して直接通知されるという点です。マニュアルP40によれば、「検査結果は、実施者から遅滞なく本人に直接通知しなければならない」と定められており、この段階で事業者が本人の同意なく結果を把握することは厳格に禁止されています。よくある誤解として、「会社がお金を出して実施しているのだから、結果を知る権利がある」という考え方がありますが、これは間違いです。労働者のメンタルヘルス情報は極めて機微な個人情報であり、本人の意思に反して会社が取得することは、プライバシーの侵害にあたるだけでなく、労働安全衛生法違反となる恐れがあります。
結果提供の同意取得タイミングと方法
会社が労働者の個人の結果を取得するためには、ストレスチェック結果が従業員本人が確認した後に同意を得る必要があります。この同意取得のプロセスには、マニュアルP43において明確なルールが設けられています。
| 同意取得の原則 | 具体的な運用方法と理由 |
|---|---|
| 1. 検査実施前、または実施時に一括して同意を得ることは原則として禁止 | 検査を受ける前に「結果を会社に開示することに同意します」というチェックボックスを設け、一括で同意を取ることは、労働者に心理的な圧力をかける可能性があるため、適切ではありません。 |
| 2. 結果通知後の同意取得 | 本人が自分の結果(高ストレス判定かどうか等)を確認した上で、「この内容であれば会社に伝えても良い」と判断し、改めて同意の意思表示を行うのが本来の姿です。 |
ただし、マニュアルP44にあるように、電子システムを利用する場合などで、結果通知と同時に同意確認の画面を表示し、本人が選択する形式をとることは認められています。この際も、同意しないという選択肢が明確に用意されていることが前提となります。
実施事務従事者の役割を丁寧に周知する
会社の中でストレスチェックの事務作業(データ入力や通知の送付など)を行う担当者を「実施事務従事者」と呼びます。ここには非常に重要なルールがあります。指針(P10)およびマニュアル(P23)によれば、人事に関して直接の権限を持つ者は実施事務従事者になることができません。具体的には、以下の役職者は担当から除外されます。
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「社長や理事長などの経営層」
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「人事部長や採用、昇進、異動に決定権を持つ担当者」
これは、ストレスチェックの結果が人事評価や不利益な扱いに利用されることを物理的に防ぐための措置です。総務や人事の担当者であっても、実務上「評価に関与しない事務職」などが担当するのが一般的です。彼らには厳格な守秘義務が課せられ、正当な理由なく情報を漏洩した場合は罰則の対象となります。これらを従業員に丁寧に周知することは、大きな安心につながる可能性があります。
ストレス者への面接指導勧奨と情報の壁
高ストレス者と判定された労働者に対し、会社は「医師による面接指導」を受けるよう勧めることができます。しかい、事業者が従業員の誰が高ストレス者であるかを知らない状態で医師面接をどのように勧めるべきかは、マニュアルP52にて以下の運用が推奨されています。
- 実施者(または実施事務従事者)から、高ストレス者本人に対して直接、面接指導の申出を勧奨する通知を送る
つまり、会社(人事部)が「君は高ストレスだから面接を受けなさい」と指名するのではなく、あくまで実施者や実施事務従事者から本人にアプローチをかけ、本人が自発的に会社に「面接を希望します」と申し出る形をとるのが基本です。本人が申し出た時点で、初めて会社はその人が高ストレス者であることを知ることになります。
会社が把握してよい情報の範囲
高ストレス者となった従業員が面接指導を希望し、会社に結果が開示された後であっても、会社が何でも知って良いわけではありません。
会社が把握すべき情報は、就業上の措置(仕事の軽減や配置転換など)を講じるために必要な情報に限定されます。マニュアルP77によれば、医師が作成する報告書には、本人が医師に打ち明けたプライベートな悩みや、詳細な診断内容をそのまま記載するのではなく、今後の勤務にあたっての配慮事項を中心に記載すべきとされています。また、上司にどこまで伝えるかについても、高ストレス者や職場の安全を確保するために必要な範囲に留め、本人のプライバシーに触れるような詳細な情報の共有や拡散は厳に防止しなければなりません。
不利益な取扱いの禁止
ストレスチェック制度において最も避けなければならないのが、「ストレスチェックに正直に回答したことで損をする」という事態です。
労働安全衛生法および指針(P17)では、以下の行為を「従業員にとっての不利益な取扱い」として厳禁しています。
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「面接指導の申出を理由とした解雇、雇止め」
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「不当な配置転換や降格」
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「評価の引き下げ」
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「面接指導を受けないことを理由とした不利益な扱い」
これらの不利益な取扱いが行われる懸念があると、労働者は無難な回答を選び、制度の形骸化につながります。社内のコミュニケーションにおいて「ストレスチェック制度はあなたを守るためのものであり、会社があなたを攻撃するための取り組みではない」という、ストレスチェック制度実施における心理的安全性を担保するメッセージを継続的に発信することが、受検率や有効回答率を高める最大の施策となります。
ストレスチェック結果に関するよくある質問
ストレスチェック制度は、法令上の義務を果たすだけでは不十分です。 「情報の取り扱いがマニュアル通り厳格であること」を証明し続けることで、初めて労働者は心を開き、隠れたメンタルヘルス不調のサインを会社に届けてくれるようになります。
人事労務担当者の皆様は、今一度自社の運用が「マニュアルP40」や「指針」に照らして適切か、情報漏洩のリスクはないか、そして何より労働者に安心感を与えられているかを確認してみてください。
