毎日、従業員の皆さんの健康管理や職場環境の改善に尽力されている人事労務担当者や産業保健スタッフの皆様、本当にお疲れ様です。従業員が休職してしまうことへの対策はもちろんですが、出勤はしているものの体調不良で思うように仕事がはかどっていない、という見えない生産性の低下に悩まされたことはありませんか。当解説記事では、企業の持続的な成長を妨げる要因となるアブセンティーイズムとプレゼンティーイズムについて、調査研究に基づいた具体的な損失額やその対策を分かりやすく解説します。この記事を読むことで、自社で優先すべき健康課題が明確になり、経営層へも説得力のある施策提案ができるようになるはずです。
アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムとは?
疾病による労働生産性の低下には、大きく分けて2つの状態が存在します。
アブセンティーイズム(Absenteeism)とは
疾病により休業して業務執行ができない状態による損失を指します 。日本の企業においては、一定の日数以上(例えば7日以上)の欠勤であれば、企業側が原因となる疾患名や休業日時を把握していることが多いのが特徴です 。
プレゼンティーイズム(Presenteeism)とは
これは、出勤して執務は行っているものの、何らかの症状によって労働生産性が低下している状態を指します 。例えば、頭痛や腰痛を抱えながらデスクに向かっているものの、集中力が続かず作業スピードが落ちているような状態です。
アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムがなぜ注目されるのか
これらの労働生産性の損失は、実は医療費そのものと比べても非常に大きいことが分かっており、社会的にも大きな問題となっています 。企業経営の視点では、単に従業員の健康を守るだけでなく、失われている生産性をいかに取り戻すかという「健康経営」の考え方が不可欠になっています。
特にプレゼンティーイズムは、欠勤とは異なり表面化しにくいため、企業側がその影響を把握しにくいという側面があります 。しかし、研究によれば欠勤(アブセンティーイズム)による損失よりも、プレゼンティーイズムによる損失の方が大きいと言われており、企業が対策を講じるべき重要な領域となっています 。
調査データから見る損失額の実態
当解説記事で参照している資料(疾病による生産性低下と損失の分担-アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムによる損失:永田智久)によると、某事業所(製造業)における調査では、アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムのそれぞれについて、具体的な損失額が算出されています 。
アブセンティーイズムによる損失
7日以上の疾病休業を対象とした調査によると、1年間におけるアブセンティーイズムの総損失額は22,547,075円でした 。
休業日数が多かった疾患の順位は以下の通りです。特に新生物による損失額は12,238,800円に達し、総損失額の約半分(54.3%)を占めていることが分かります 。
- 新生物(がん等):336日
- 精神および行動の障害:45日
- 循環器系の疾患:45日
プレゼンティーイズムによる損失
一方で、出勤時の生産性低下であるプレゼンティーイズムによる年間総損失額は63,929,783円と算出されています 。これはアブセンティーイズムによる損失額の約3倍近い規模です。プレゼンティーイズムを測定するための質問票(Stanford Presenteeism Scale: SPS)を用いた調査では、男女ともに腰痛または首の不調や肩こりの訴えが最も多いという結果が出ています 。
具体的な疾患・症状別の影響
労働生産性に大きな影響を与えているのは、どのような症状なのでしょうか。
腰痛や肩こりがもたらす大きなインパクト
調査結果によれば、プレゼンティーイズムによる損失額の中で最も大きいのは腰痛(首の不調や肩こりを含む)で、年間15,247,277円にのぼります 。有症状者の内訳を見ると、男性の36.8%、女性の61.5%が腰痛や肩こりを抱えており、全従業員の42.9%に及ぶ極めて頻度の高い症状です 。これら腰痛等の症状は、完治が難しく慢性化しやすいため、長期間にわたってじわじわと生産性を押し下げる要因となります。
アレルギーや頭痛の影響
腰痛に次いで損失額が大きいのが以下の症状です。特にアレルギー疾患は、花粉症のシーズンなどに多くの従業員が同時に影響を受けるため、組織全体のパフォーマンスに無視できない影響を与えます。
- アレルギー症状(花粉症など):4,975,427円
- 頭痛(偏頭痛や慢性的な頭痛):3,388,284円
- うつ・不安感・情緒の不安定:5,439,087円
以下の表は、主な症状別の損失額をまとめたものです。
| 症状 | 年間損失額(円) | 全体に占める割合 |
|---|---|---|
| 腰痛(首の不調・肩こり) | 15,247,277 | 23.9% |
| うつ | 5,439,087 | 8.5% |
| アレルギー(花粉症等) | 4,975,427 | 7.8% |
| 目(視力低下・眼精疲労等) | 4,706,148 | 7.4% |
| 頭痛 | 3,388,284 | 5.3% |
生産性損失を可視化する方法
自社の現状を把握するためには、適切な測定ツールの活用が有効です。
日本版プレゼンティーイズム尺度の活用
研究グループによって開発された日本版Presenteeism尺度(厚生労働統計協会)では、心身の不調によって以下のような仕事への支障がどの程度あるかを測定します 。下記の項目を4段階(よくある、時々ある、あまりない、まったくない)で回答し、スコア化することで、個人のプレゼンティーイズムの程度を算出することが可能です 。
| No. | 具体的な不調・パフォーマンス低下の現れ |
|---|---|
| 1 | 会議や仕事に集中できない |
| 2 | 普段より多くの休憩をとりながら仕事をする |
| 3 | 仕事の量や頻度を普段より少なくする |
| 4 | 仕事がはかどらない |
| 5 | 仕事上の間違いや失敗 |
| 6 | 通勤で困難を感じる |
| 7 | 職場でのコミュニケーションの取りにくさ |
| 8 | 他の社員の手助けや援助が必要 |
職場への影響度(インパクト)を算出する
プレゼンティーイズムは、個人の生産性低下に留まらず、職場全体に波及することもあります。職場のインパクトを算出する際には、業務の特性(定型性や代替え可能性)や年齢による補正も考慮されます 。例えば、同じ程度の体調不良であっても、非定型で代替えが困難な業務に従事している場合、職場への影響はより大きくなる傾向があります 。このように、業務内容に合わせて生産性損失を評価することで、より実態に即した対策の検討が可能になります。
企業が取り組むべき健康管理の施策
具体的なデータに基づき、企業はどのような具体的なデータに基づき、企業はどのような対策を講じるべきでしょうか。対策を講じるべきでしょうか。
優先順位の決定と産業保健活動
経営者の立場からは、損失額の大きな疾患や症状ほど、対策の優先順位が高くなります 。
労働生産性に大きな影響を与える疾患や症状に対して、どのような医学的な対策がとりうるのか、そしてそれらを産業保健活動全体の中にどのように位置づけるかを検討する必要があります 。
-
アブセンティーイズム対策:
がん(新生物)の治療と仕事の両立支援、メンタルヘルス不調による休職の未然防止や復職支援が重要です 。 -
プレゼンティーイズム対策:
腰痛や肩こりへの人間工学的アプローチ(作業姿勢の改善等)、眼精疲労対策、アレルギー疾患の適切な受診勧奨などが挙げられます 。
従業員の行動変容を促すアプローチ
興味深い調査結果として、腰痛やアレルギー症状を持つ従業員のうち、医師による診察・治療を受けている群の方が、何もしていない群や市販薬を使用している群よりも労働生産性の低下が大きいというデータがあります 。これは、症状が重い人ほど受診しているという背景もありますが、受診していてもなお生産性が低下している状態であるとも言えます 。企業としては、単に「受診を勧める」だけでなく、早期発見・早期対応を促し、症状が悪化する前に対処できるような環境づくりが求められます。
アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムに関するよくある質問
アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムは、企業の労働生産性に直結する重要な課題です。特にプレゼンティーイズムによる損失は目に見えにくいものの、欠勤による損失を大きく上回る可能性があります。腰痛やアレルギー、メンタルヘルスの不調など、多くの従業員が抱える身近な症状こそが、実は組織のパフォーマンスを大きく左右しています。当解説記事で紹介したような指標や算出方法を活用し、自社の「見えない損失」を可視化することから始めてみてはいかがでしょうか。従業員が健康で、最大限のパフォーマンスを発揮できる職場づくりは、結果として企業の競争力強化につながるはずです。
また、企業規模と賃金保障の総額(基準内賃金に占める割合)には相関が見られ、大規模企業ほどその割合が高い傾向にあるという調査結果も出ています 。規模の大きな組織ほど、こうした健康管理による生産性損失の抑制効果も大きくなることが期待されます。

