治療と仕事の両立支援の最新情報|改正法への対応と企業の取組ガイド

公開日: 最終更新日: 執筆:一般社団法人メンタルセーフティー推進機構

従業員が病気を抱えながら働くという場面に直面した際、どのように対応すべきか悩まれている人事労務担当者の方も多いのではないでしょうか。近年、医療技術の進歩により、がんは長く付き合う病気へと変化し、働きながら通院する労働者は増加しています 。こうした背景を受け、労働施策総合推進法の改正により、企業には治療と仕事の両立支援に向けた体制整備が努力義務として求められるようになりました 。当解説記事では、法改正のポイントから具体的な支援の手順、病気別の留意点まで、ガイドブックとして活用いただけるよう詳しく解説します。この記事を読むことで、企業が取り組むべきことが整理され、従業員の離職防止や健康経営の実現へと繋げることができます 。

治療と仕事の両立支援が必要とされる背景|改正法のポイントと企業の具体的対応

現代の日本において、治療と仕事の両立支援が重要視されているのには、深刻な少子高齢化と医療の進歩という二つの大きな理由があります 。

働く世代の病気と通院の現状

高齢者の就労増加に伴い、何らかの疾病により通院しながら働く労働者の割合は年々上昇しています 。例えば、がんと診断される方の約4分の1が就労世代(20歳から64歳)であり、仕事を持ちながらがんで通院している方は約50万人にのぼります 。また、脳血管疾患や心疾患、糖尿病といった慢性的な管理が必要な病気を抱える労働者も少なくありません 。

治療と仕事の両立の概要、必要性、企業の対応等、総合的な解説画像
治療と仕事の両立支援(クリックで拡大)

生きがいと能力の発揮

かつては「不治の病」とされていた病気も、生存率が向上し「長く付き合う病気」へと変化しました 。労働者が病気になったからといってすぐに離職する必要はなく、心身の健康を確保しながら生きがいを持って能力を発揮できる環境を整えることが、企業にも社会にも求められています 。

法律に基づく企業の役割と努力義務化の内容

労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)の改正により、事業主には治療と仕事の両立支援のための適切な措置を講じることが求められるようになりました 。

努力義務化のポイント

事業主は、治療を受ける労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じるよう努めなければなりません 。これは、単に制度を作るだけでなく、実際に労働者が相談しやすい環境を整えることを意味します 。

労働安全衛生法との関係

両立支援は、労働安全衛生法(安衛法)に基づく健康確保対策の一環としても位置づけられます 。

  • 就業上の措置:健康診断の結果等に基づき、医師の意見を聴いた上で、就業場所の変更や労働時間の短縮など必要な措置を講じることが義務付けられています 。
  • 就業禁止の慎重な判断:病気のため病勢が著しく増悪する恐れがある場合に限り就業を禁止できますが、可能な限り配置転換などの工夫をして就業の機会を失わせないよう慎重な判断が求められます 。

支援を円滑に進めるための5つのステップ

実際に労働者から支援の申し出があった場合、当解説記事では以下の5つのステップに沿って対応を進めることをお勧めします 。

ステップ1:労働者からの申し出と情報収集

両立支援は、労働者本人からの申し出が端緒となります 。労働者は、事業主が提供した勤務情報を主治医に提示し、主治医から「就業継続の可否」や「望ましい就業上の措置」などの情報を収集して事業主に提出します 。

ステップ2:産業医等による意見聴取

事業主は、主治医から提供された情報を産業医等に提供し、就業上の措置や治療に対する配慮に関する意見を聴取します 。産業医がいない場合は、主治医の情報を参考にします 。

ステップ3:就業継続の可否と措置の検討

主治医や産業医等の意見を勘案し、事業主が最終的な判断を行います 。この際、安易に就業を禁止せず、可能な限り就業の機会を確保できるよう検討します 。

ステップ4:両立支援プランの作成と決定

具体的な措置内容や実施時期をまとめた治療と仕事の両立支援プランを作成することが望ましいです 。プランには以下の内容を盛り込みます 。

  • 治療や通院の予定
  • 就業上の措置(労働時間の短縮、作業転換など)
  • 治療に対する配慮(通院時間の確保など)
  • フォローアップの方法

ステップ5:取組の実施とフォローアップ

決定したプランに基づき支援を開始します 。治療の経過によって体調や必要な措置は変わるため、適時状況を確認し、必要に応じてプランを見直すことが重要です 。

環境整備のために導入したい休暇・勤務制度

労働者が安心して治療を続けられるよう、各事業場の実情に応じた柔軟な制度設計が求められます 。

制度の種類 具体的な内容 活用のメリット
時間単位の年次有給休暇 1時間単位で有給を取得できる制度(年5日まで)。 数時間の通院やリハビリに対応しやすくなる
傷病休暇・病気休暇 法定外の休暇として、入院や通院のために付与する休暇。 年次有給休暇を使い切る不安を解消できる。
時差出勤制度 始業・終業時刻を変更する制度。 通勤ラッシュを避けた移動や通院時間の確保が可能。
短時間勤務制度 所定労働時間を短縮する制度。 体力が低下している時期の負担軽減に繋がる。
在宅勤務制度(テレワーク) 自宅等で勤務する制度。 通勤による身体的負荷をなくすことができる。
試し出勤制度 復職前に短時間から勤務を試みる制度。 職場復帰への不安解消とスムーズな就業への準備。

疾病別の留意事項:がん、脳卒中、糖尿病など

病気の種類によって、必要な配慮や体調の変化は大きく異なります。当解説記事では主要な疾病のポイントを整理しました 。

がん

がんは治療が長期化し、手術、薬物療法、放射線治療などを組み合わせる「集学的治療」が行われます 。

  • 個別性の高さ:副作用の出方や時期には個人差が大きいため、柔軟な対応が必要です 。
  • メンタルヘルス:診断を受けた直後のショックや再発への不安に対する心理的ケアが望まれます 。
  • 外見の変化への配慮:脱毛やむくみなど、アピアランスケアが必要な場合もあります 。

脳卒中

脳卒中(脳梗塞、脳出血など)は、発症直後の急性期からリハビリテーション期を経て生活期へと移行します 。

  • 高次脳機能障害:記憶力や注意力の低下など、外見からは分かりにくい障害が残る場合があります 。
  • 再発予防の徹底:生涯にわたる服薬と、高血圧などの管理が不可欠です 。

肝疾患

ウイルス性肝炎や脂肪性肝疾患などは、「沈黙の臓器」と呼ばれる通り自覚症状が出にくいのが特徴です 。

  • 治療の継続:症状がなくても、治療を中断すると急激に悪化する恐れがあるため、通院への配慮が重要です 。
  • 感染への正しい知識:B型・C型肝炎は通常の日常生活では感染しません。職場内での誤解を防ぐ啓発が必要です 。

難病

潰瘍性大腸炎やパーキンソン病など、原因不明で長期療養が必要な疾病です 。

  • 体調の変動:日によって、あるいは時間帯によって症状が大きく変わるため、適宜休憩が取れるような配慮が望まれます 。
  • 障害者雇用促進法の活用:難病の方も合理的配慮の提供義務の対象となる場合があります 。

心疾患

狭心症や心筋梗塞などは、治療後、順調にいけば通常の生活に戻れるケースも多いです 。

  • 身体負荷の制限:重量物の運搬や、激しい温度差のある環境での作業は避ける必要があります 。
  • デバイスへの影響:ペースメーカ等を植え込んでいる場合、強い電磁波を発生する機器の使用に注意が必要です 。

糖尿病

血糖コントロールを適切に行えば、通常通り働ける疾患ですが、治療中断による重症化が問題となります 。

  • 低血糖への対応:薬物療法中の食事の遅れなどで意識障害を起こす可能性があるため、間食の許可や緊急時の対応を確認しておきます 。
  • 衛生的な環境:インスリン自己注射や血糖測定が必要な場合、清潔でプライバシーが保てる場所を提供します 。

取り組みが企業と従業員にもたらすメリット

治療と仕事の両立支援に取り組むことは、単なるコストや負担ではなく、企業にとって大きな意義があります 。

企業側のメリット

  • 優秀な人材の定着:経験豊富な社員の離職を防ぎ、採用・教育コストを抑制できます 。
  • 生産性の向上:適切な配慮により、病気を抱える社員も持てる能力を最大限に発揮できるようになります 。
  • 企業イメージの向上:社員を大切にする姿勢は、健康経営やダイバーシティの推進として社会的に高く評価されます 。
  • リスク管理:安全配慮義務を履行することで、病気の悪化や労働災害を未然に防ぐことができます 。

従業員側のメリット

  • 経済的安定:仕事を続けることで、治療費の不安を軽減し、生活基盤を維持できます 。
  • 社会との繋がりの維持:働くことは生きがいや社会参加に繋がり、前向きに治療に取り組む意欲を生み出します 。
  • 適切な治療環境の確保:職場の理解があることで、無理なく通院や服薬を継続でき、重症化を防止できます 。

外部の支援機関と相談窓口の活用

自社だけで対応を完結させる必要はありません。専門的な知識を持つ外部機関を積極的に活用しましょう 。

公的な相談・支援機関

  • 産業保健総合支援センター(さんぽセンター):各都道府県に設置され、両立支援の専門スタッフが個別調整支援や制度導入の相談に乗ってくれます 。
  • ハローワーク:長期療養者就職支援事業などを通じて、病状に配慮した職業紹介や雇用継続の支援を行っています 。
  • 難病相談支援センター:難病患者の療養や就労に関する相談を受け付け、地域のリソースを繋いでくれます 。

医療機関内の窓口

  • がん相談支援センター:がん診療連携拠点病院などに設置され、患者や家族だけでなく、雇用主からの相談にも対応する場合があります 。
  • 医療ソーシャルワーカー(MSW):病院での治療と生活の調整を担う専門家で、復職に向けた相談の強い味方となります 。

活用できる主な助成金

  • 団体経由産業保健活動推進助成金:中小企業等が共同で産業保健サービスを導入する際の費用の一部を助成します 。
  • キャリアアップ助成金(障害者正社員化コース):障害のある有期雇用労働者を正規雇用へ転換する場合などに支給されます 。

治療と仕事の両立支援に関するよくある質問

Q1. 企業が取り組むべき治療と仕事の両立支援の主な目的と経営上のメリットは何ですか?
主な目的は、がんや脳卒中などの重大な病気を抱える従業員が、治療を理由に退職することなく、最大限の能力を発揮して働き続けられる環境を整えることです。経営上のメリットとしては、貴重な人材の流出防止に加え、従業員を大切にする企業としての信頼性向上、組織全体のエンゲージメント強化が挙げられます。
Q2. 両立支援の対象となるのは、がんなどの重篤な疾患に限られますか?
厚生労働省の指針では、がん、脳卒中、心疾患、糖尿病などの慢性疾患、さらには難病や肝炎などが広く対象とされています。特定の疾患に限定せず、継続的な通院や治療が必要であり、本人が仕事を続けたいという意向を持っている場合に、幅広く支援を検討することが望ましいです。
Q3. 従業員から病気の報告を受けた際、ガイドラインに沿った標準的な初動対応とフローを教えてください。
まずは本人のプライバシーに配慮しつつ、今後の治療予定を確認します。次に主治医から就業上の配慮に関する意見を聴取し、それに基づき産業医の意見を確認した上で、会社、本人、医師の三者で合意形成を図ります。この一連の流れを標準化し、規程に定めておくことがスムーズな支援の鍵となります。
Q4. 個別の従業員に対して策定する両立支援プランには、具体的にどのような項目を記載すべきですか?
主な項目は下記が挙げられます。状況の変化に合わせて柔軟に更新していくことが重要です。
1.現在の健康状態と治療内容
2.主治医および産業医の就業に関する意見
3.具体的な配慮事項(勤務時間の制限、テレワーク、休憩の確保など)
4.緊急時の連絡体制
5.プランの有効期限と見直し時期
Q5. 産業医と主治医の連携はどのように役割分担され、人事労務はそこにどう関わりますか?
主治医は医学的な見地からの病状や治療方針を提示し、産業医は職場の状況を踏まえた就業の可否や具体的配慮を判断します。人事労務担当者は、産業医に対して業務内容や職場の負荷を正確に伝え、主治医に対しては会社として可能な配慮の範囲を提示することで、両者の情報の橋渡し役を担います。
Q6. 外部の両立支援コーディネーターや支援機関を活用するメリットは何ですか?
産業保健、医療、労務の知識を併せ持つコーディネーターは、従業員と会社の間に立って中立的な立場でコミュニケーションを調整してくれます。また、地域産業保健センターや産業保健総合支援センターのアドバイザーを活用することで、無料で専門的な助言やプラン作成の支援を受けることができ、実務の負担軽減に繋がります。
Q7. プライバシーを守るためのルールや社内での情報共有の範囲をどう定めるべきですか?
本人の同意を得た範囲内でのみ情報を扱うことが大原則です。病名や症状を直接伝えるのではなく、週1回の通院のために午後休が必要である、重い物を持つ作業が禁止されているといった、就業上の制限事項に絞って職場の上司へ伝えることが重要です。情報のファイアウォールを規程で明記し、従業員の不安を解消することが支援の第一歩です。
Q8. 働きやすくするために有効な就業上の措置として、どのような勤務制度が求められますか?
定期的な通院に対応するための時間単位の有給休暇、通勤負担を軽減するテレワーク、ラッシュを避けられる時差出勤やフレックスタイム制度の導入が有効です。また、抗がん剤治療等の副作用に合わせて出勤日を調整できる短時間勤務や週3日から4日勤務など、細切れの休みや柔軟な働き方ができる仕組みが望まれます。
Q9. 中小企業が両立支援の体制整備や支援を行った際に活用できる助成金の種類を教えてください。
環境整備コースや個別支援コースなどがあります。例えば、両立支援規程を導入して従業員への教育を行った場合や、実際に両立支援プランを作成して対象者が1ヶ月以上働き続けた場合に支給されるものがあります。支給要件は年度ごとに変わるため、最新の情報を労働局や専門の社労士等に確認することをお勧めします。
Q10. 治療による欠勤やパフォーマンス低下を理由とした不利益な取り扱いを防止するために注意すべき点は何ですか?
病気になったことだけを理由に、一方的な配置転換や降格、ましてや解雇を行うことは不利益な取り扱いとして違法となるリスクがあります。医師が就業可能と判断しているにもかかわらず退職を強要することは安全配慮義務違反にも繋がりかねません。常に本人との対話を重ね、可能な限りの合理的配慮を尽くしたプロセスを記録に残しておくことが、会社を守る防衛策にもなります。

治療と仕事の両立支援は、誰もが直面しうる課題です。当解説記事を参考に、まずは「相談しやすい雰囲気づくり」から始めてみてはいかがでしょうか。企業の温かいサポートが、従業員の明日を支える大きな力となります。