過労の症状やサインを見逃さない。従業員を守る過労死等の防止のための対策と企業の義務

公開日: 最終更新日: 執筆:一般社団法人メンタルセーフティー推進機構

過労死等の防止は、現代の企業経営において避けては通れない最重要課題の一つです。2014年に「過労死等防止対策推進法」が施行されてから10年が経過し、社会全体の意識は大きく変わりましたが、依然としてメンタルヘルス不調による労災認定件数は増加傾向にあります。

この記事では、厚生労働省の最新資料である「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の変更点を踏まえ、従業員が発する「過労のサイン」や、企業が果たすべき法的義務、そして今後取り組むべき具体的な対策について専門的な視点から分かりやすく解説します。

過労死等の現状と「過労死等防止対策大綱」の変更

過労死等防止対策を効果的に推進するため、国は「過労死等の防止のための対策に関する大綱(以下、大綱)」を策定しています。この大綱は、社会情勢の変化や対策の推進状況を踏まえ、おおむね3年ごとに見直しが行われています。

過労死等事案の推移:精神障害による支給決定が増加

近年の動向として、週労働時間60時間以上の雇用者の割合は減少しており、年次有給休暇の取得率は向上するなど、一定の成果が見られます。しかし、その一方で深刻な課題も浮き彫りになっています。

  • 脳・心臓疾患の推移: 労災支給決定件数は、長期的には横ばいまたは微減傾向にあります。
  • 精神障害の急増: 精神障害による労災支給決定件数は近年著しく増加しており、令和5年度には883件と過去最多を記録しています。
  • ハラスメントの影響: 長時間労働対策に加え、パワーハラスメントやカスタマーハラスメント(カスハラ)対策の重要性が一層増しています。
従業員を守る過労死等の防止のための対策と企業の義務を説明した画像
過労死から社員を守るための対策と企業の義務(クリックで拡大)

見逃してはいけない「過労の症状・サイン」とは?

「過労」は単なる疲れとは異なり、生命や健康に重大なリスクを及ぼす前兆です。厚生労働省の専用ポータルサイト「健康な働き方に向けて」等では、労働者が自身の状態をチェックし、周囲が異変に気づくための情報発信が行われています。

従業員が以下のような症状を訴えている、あるいは周囲から見て変化がある場合は、早急な対応が必要です。

項目 内容
身体的な症状 ・一晩寝ても疲れが取れない、朝から体が重い。
・慢性的な頭痛、肩こり、背中の痛み。
・動悸、息切れ、胸の痛み(脳・心臓疾患の前兆の可能性)。
精神的・行動的な変化 ・仕事に対する集中力の低下、単純なミスが増える。
・以前は楽しめていた趣味に関心がなくなる。
・イライラしやすくなる、または急に涙もろくなる。
・睡眠障害(寝付きが悪い、夜中に目が覚める)。

企業としては、ストレスチェックの結果や産業医による面接指導を通じて、これらの症状を早期に把握する体制を整える義務があります。

【2024年最新】過労死防止に向けた企業の義務と新たな取組

最新の大綱の変更(令和6年)では、これまでの対策をさらに強化し、多様な働き方に対応した内容が盛り込まれています。企業が特に注目すべき点は以下の通りです。

1. 時間外労働の上限規制の遵守徹底

令和6年4月から、これまで適用猶予されていた建設業、自動車運転の業務(トラック運送等)、医師等に対しても時間外労働の上限規制が全面的に適用されました。

  • 建設業・運送業: 商慣行の是正を含めた取組が求められており、特にトラック運送業では「トラックGメン」による是正指導が強化されています。
  • 医療: 医師の勤務環境改善マネジメントシステムの普及や、宿日直許可の適切な運用などが推進されています。

2. 勤務間インターバル制度の導入促進

勤務間インターバル制度とは、終業時刻から翌日の始業時刻までの間に一定時間以上の休息時間(インターバル)を確保する制度です。

  • 企業のメリット: 労働者の健康確保だけでなく、睡眠時間の確保による生産性の向上や、人材確保・定着にもつながります。
  • 国の目標: 令和10年までに、制度を導入している企業割合を15%以上とすることを目指しています。

3. フリーランス・個人事業者等への配慮

働き方の多様化に伴い、特定受託事業者(フリーランス)との取引適正化を図る法律が施行されました。

  • 注文者の配慮: 発注者は、個人事業者が過度な長時間就業とならないよう、納期設定等において配慮を行うことがガイドラインで示されています。
  • 特別加入の拡大: 労災保険の特別加入制度の対象が順次拡大されており、安心して働ける環境整備が進んでいます。

4. ハラスメント対策と再発防止指導の強化

過労死等事案の背景にハラスメントが関与しているケースが多いことから、調査・分析が強化されています。

  • 再発防止指導: 一定期間内に複数の過労死等を発生させた企業に対しては、都道府県労働局長が「過労死等防止に向けた改善計画」の策定を求め、強力な助言・指導を行うこととしています。
  • カスタマーハラスメント対策: 業種別の対策事例の周知や、相談体制の整備を支援する取組が進められています。

国が掲げる数値目標とこれからの産業保健活動

国は過労死ゼロを目指し、2028年(令和10年)頃を期限とした具体的な数値目標を掲げています。これらは企業の産業保健活動におけるKPI(重要業績評価指標)としても活用できます。特に、従業員50人未満の小規模事業場におけるストレスチェックの実施や、仕事に対して強い不安・悩みを持つ労働者の割合を50%未満に抑えることが重要な目標となっています。

項目 数値目標 最新の数値(令和4〜5年)
週労働60時間以上の雇用者割合 5%以下 8.4%
勤務間インターバル制度の導入割合 15%以上 6.0%
年次有給休暇の取得率 70%以上 62.1%
メンタルヘルス対策に取り組む事業場 80%以上 63.4%
ストレスチェック実施割合(50人未満) 50%以上 32.3%

職場の過労死対策に関するよくある質問

Q1. 過労死等防止対策推進法とはどのような法律ですか?企業にはどのような努力が求められていますか?
この法律は、過労死等をゼロにすることを目指し、国、地方公共団体、および事業主の責務を明らかにした法律です。企業には、国が実施する対策に協力するだけでなく、自らも過労死等を防止するための対策を講じることが努力義務として定められています。2026年現在、過労死防止は単なる努力目標ではなく、企業の社会的責任の根幹として位置づけられています。
Q2. 法律上の過労死等には、どのような状態が含まれますか?
主に以下の3つのケースを指します。

(1) 業務における過重な負荷による脳血管疾患、心臓疾患を原因とする死亡。
(2) 業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺(未遂を含む)。
(3) これらには至らないものの、過重な負荷や強い心理的負荷による脳血管疾患、心臓疾患、または精神障害。

つまり、死亡例だけでなく、過労による重篤な病気やメンタルヘルス不調も含まれます。
Q3. いわゆる過労死ラインとは具体的にどのような基準ですか?
労災認定の基準として示されている時間外、休日労働時間の目安です。

- 発症前1ヶ月間:おおむね100時間を超える。
- 発症前2から6ヶ月間:1ヶ月平均でおおむね80時間を超える。

この時間を超えると、業務と発症の因果関係が認められやすくなります。ただし、これ以下の時間であっても、労働時間以外の負荷(不規則な勤務、出張、心理的負荷等)を総合的に判断して認定されるケースも増えています。
Q4. 過労死等が発生した場合、企業が問われる安全配慮義務違反とは何ですか?
労働契約法第5条に基づき、会社は労働者が生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負っています。過労死が発生した際、会社が長時間労働を把握していながら放置していたり、健康への配慮(面談や業務軽減)を怠っていたりした場合、この義務に違反したとして多額の損害賠償を命じられる原因となります。
Q5. 長時間労働者に対する医師による面接指導の実施基準と、事後措置について教えてください。
時間外、休日労働が月80時間を超え、かつ疲労の蓄積が認められる労働者から申し出があった場合、医師による面接指導を行わなければなりません。また、研究開発業務や高度プロフェッショナル制度対象者には別途厳しい基準があります。面接後、会社は医師の意見を聴き、必要に応じて残業禁止、就業場所の変更、配置転換などの適切な措置を講じる義務があります。
Q6. 勤務と勤務の間に一定の休息時間を設ける勤務間インターバル制度の導入は義務ですか?
労働時間設定改善法により、導入は努力義務とされています。しかし、過労死防止対策推進法の大綱では、制度の普及が重要な目標として掲げられています。例えば終業から翌日の始業まで11時間空けるといったルールを設けることは、疲労回復と睡眠時間を確保する上で最も有効な過労死対策の一つとして推奨されています。
Q7. メンタルヘルス不調による過労自殺を防ぐために、管理職が行うべき対応は何ですか?
いつもと違う部下の様子に早期に気づくことが重要です。遅刻、欠勤の増加、ミスや物忘れの増加、表情の暗さ、自虐的な発言などに注意を払い、異変を感じたら速やかに産業医等への相談を促します。管理職に対して、過労死防止の教育(ラインケア研修)を定期的に実施し、一人で抱え込ませない体制を作ることが不可欠です。
Q8. 裁量労働制やテレワークであっても、会社は過労死防止のために労働時間を把握する義務がありますか?
あります。労働安全衛生法により、事業者は客観的な方法(タイムカード、PCのログ等)によって全労働者の労働時間を把握する義務を負っています。これは裁量労働制や管理監督者であっても例外ではありません。労働実態が見えにくいテレワークにおいても、過重労働を見逃さないための厳格な管理が求められます。
Q9. 過労死防止対策を怠った結果、事故や労災が発生した場合、どのような社会的リスクがありますか?
損害賠償による金銭的損失に加え、厚生労働省による企業名公表(ブラック企業としての周知)、ハローワークでの求人受理拒否、SNSでの拡散によるブランドイメージの失墜、既存社員の離職など、甚大なダメージを受けます。一度失った信頼を回復するには、対策コストを遥かに上回る年月と費用が必要となります。
Q10. 会社全体で過労死ゼロを実現するために、まず着手すべき組織的な仕組みづくりは何ですか?
以下の3点をセットで進めることを推奨します。

(1) トップによる宣言:過労死を絶対に起こさないという経営方針の明文化。
(2) 相談窓口の多角化:産業医、外部EAP(従業員支援プログラム)、社内窓口など、誰でもどこかに相談できる環境。
(3) 衛生委員会の活性化:長時間労働の発生部署を特定し、委員会で具体的な削減策を継続的に審議、実行するPDCAサイクルの確立。

過労死等の防止は、単なる法令遵守にとどまらず、従業員のウェルビーイング(心身の健康と幸福)を守り、持続可能な企業成長を実現するための基盤です。最新の大綱の変更を踏まえ、以下のステップで対策を見直してみましょう。

  1. 労働時間の正確な把握と上限規制の遵守:
    特に新しく規制対象となった職種において、商慣行の見直しを含めた根本的な対策を講じる。
  2. 勤務間インターバル制度の検討:
    休息時間を確保することが、結果としてミスを防ぎ生産性を高めるという認識を社内で共有する。
  3. メンタルヘルス対策の充実:
    ストレスチェックの形骸化を防ぎ、高ストレス者への面接指導や、職場環境の改善(集団分析の活用)を積極的に行う。
  4. ハラスメント防止の徹底:
    パワハラ、セクハラに加え、近年注目されるカスタマーハラスメントに対するガイドラインを策定し、相談窓口を周知する。

従業員の「疲れ」のサインは、企業に対するSOSでもあります。産業医や衛生管理者、外部の専門機関と連携し、風通しの良い職場づくりを進めていきましょう。