ダメ!カスハラ|カスタマーハラスメント防止対策の推進をサポートする情報サイト

公開日: 最終更新日: 執筆:一般社団法人メンタルセーフティー推進機構

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カスハラ対策の義務化に関するタイトル画像

2026年10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策が改正労働施策総合推進法に基づき事業主の義務となります。この義務の具体的な内容を定めているのが、令和8年2月26日に公布された「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号、以下「本指針」)です。当解説記事は、この告示の内容そのものに特化し、原文に基づいて条文の構造・定義・典型例・事業主が講じなければならない措置の内容を、人事労務担当者・産業保健スタッフ向けに体系的に解説します。

 


カスタマーハラスメント防止指針の位置づけと法的根拠

本指針は、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)第33条第1項から第3項までに規定する「事業主が職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(以下「顧客等」という。)の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、当該労働者の就業環境が害されること(以下「職場におけるカスタマーハラスメント」という。)のないよう雇用管理上講ずべき措置等について、同条第4項の規定に基づき事業主が適切かつ有効な実施を図るために必要な事項について定めたもの」とされています(本指針「1 はじめに」)。

カスハラの定義、対策義務化、企業が講ずべき対策等の要約図
カスハラと義務化される対策

本指針は令和8年(2026年)2月26日に公布され、改正労働施策総合推進法とともに令和8年10月1日に施行されます。労働者を1人でも雇用する事業主であれば適用対象となります。

職場におけるカスタマーハラスメントを定義する3つの要素

本指針「2 職場におけるカスタマーハラスメントの内容」⑴は、職場におけるカスタマーハラスメントを以下の3要素をすべて満たすものと定義しています。

判断基準・要件 具体的な内容・判断のポイント・留意事項
1. 顧客等の言動であること 行為の主体となる顧客等とは、直接の商品・サービス利用者だけでなく、取引先の担当者、施設(駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等)の利用者、さらには将来的に利用する可能性がある潜在的な顧客や、利用者の家族、近隣住民まで幅広く含まれます。
【注意が必要な点】
直接の対面だけでなく、電話、メール、SNS等のインターネット上で行われるものも対象となる点に注意が必要です。
2. その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの 判断の核となるのが、言動の内容や手段の相当性です。以下のケースなどが該当します。
  • 顧客の要求内容に妥当性がない場合:(例)瑕疵がないのに謝罪を求める等
  • 要求自体は正当でもその手段が不相当な場合:(例)大声で怒鳴る、土下座をさせる等
【総合的に考慮することが適当とされる要素】
この判断にあたっては、言動の目的、被害を受けた労働者の属性、業種、行為が行われた経緯などを総合的に考慮することが適当とされています。
3. 労働者の就業環境が害されるもの その言動によって、労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、就業する上で看過できない程度の支障が生じる状況を指します。
これは、平均的な労働者の感じ方を基準として判断されます。
【除外されるケース】
ただし、障害者からの合理的配慮の提供を求める意思表明自体はカスハラには当たりません。
※消費者の権利と労働者の保護のバランスを常に意識した運用が求められます。

この定義で特に重要なのは、3要素すべてを満たさなければカスタマーハラスメントに該当しないという点です。本指針は明確に「顧客等からの苦情の全てが職場におけるカスタマーハラスメントに該当するわけではなく、客観的にみて、社会通念上許容される範囲で行われたものは、いわば正当な申入れであり、職場におけるカスタマーハラスメントには当たらない」と述べています(本指針2⑴)。

障害者からの意思表示についての特記事項

本指針は、障害者差別解消法との関係についても明記しています。「障害者から労働者に対して、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年法律第65号)で禁止されている不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を必要としている旨の意思を表明すること自体は、職場におけるカスタマーハラスメントには当たらず」、その実施に伴う負担が過重でないときは「社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」とされています(本指針2⑴)。障害のある顧客からの合理的配慮の求めをカスハラと誤認しないよう、注意が必要な規定です。

対面以外の手段も対象

「職場におけるカスタマーハラスメントには、店舗及び施設等において対面で行われるもののみならず、電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれるものである」とされており(本指針2⑴)、対面接客の場面に限定されず、コールセンター対応・SNS上のクレーム等も対象範囲に含まれます。

「職場」「労働者」「顧客等」の指針上の定義

本指針2⑵は「職場」を「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所」と定義し、「当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、『職場』に含まれる」としています。

対象・範囲 指針による定義・具体的な内容 根拠(本指針)/枠組み
「職場」の範囲 当該労働者が業務を遂行する場所であれば、これに該当すると明記されています。
【具体例】
取引先の事務所、取引先と打合せをするための飲食店、顧客の自宅等
本指針2(2)
これはパワハラ指針・セクハラ指針における「職場」の考え方と同様の枠組みです。
「労働者」の範囲
(派遣労働者の扱い)
「いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む事業主が雇用する労働者の全て」と定義されています。

【派遣労働者に関する詳細な規定】
派遣先事業主についても、労働者派遣法第47条の4の規定により「その指揮命令の下に労働させる派遣労働者を雇用する事業主とみなされ」、労働施策総合推進法第33条第1項及び第34条第2項の規定が適用されることから、派遣先事業主は派遣労働者についてもその雇用する労働者と同様に配慮・措置を講ずる必要があるとされています。
【不利益取扱いの禁止】
不利益取扱いの禁止についても派遣労働者が対象に含まれており、「派遣元事業主のみならず、労働者派遣の役務の提供を受ける者もまた、当該者に派遣労働者が職場におけるカスタマーハラスメントの相談を行ったこと等を理由として、当該派遣労働者に係る労働者派遣の役務の提供を拒む等、当該派遣労働者に対する不利益な取扱いを行ってはならない」と明記されています。
本指針2(3)
「顧客等」の範囲
(想定より広い概念)
「顧客等」を以下のように定義しています。
  • 顧客(今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある潜在的な顧客も含む。)
  • 取引の相手方(今後取引する可能性のある者も含む。)
  • 施設の利用者(駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等の施設を利用する者をいい、今後利用する可能性のある者も含む。)
  • その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者
【本指針が挙げる具体例】
  • 事業主が販売する商品の購入やサービスの利用をする者
  • 事業主の行う事業に関する内容等に関し問い合わせをする者
  • 取引先の担当者
  • 企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者
  • 施設・サービスの利用者及びその家族、施設の近隣住民
【特に注意すべき点】
「施設の近隣住民」が含まれる点は注意すべきです。実際に取引関係にない近隣住民であっても、施設の運営に関係する言動を行う場合は「顧客等」に含まれうるという解釈が示されています。
本指針2(4)

「社会通念上許容される範囲を超えた」言動の判断基準

本指針2⑸は「その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えた」言動について、「社会通念に照らし、当該顧客等の言動の内容が契約内容からして相当性を欠くもの、又は手段や態様が相当でないものを指す」と定義しています。

項目 本指針による解説・具体的な判断基準と留意事項
判断にあたって
考慮すべき要素
本指針は以下を総合的に考慮することが適当としています【本指針2(5)】。
  • 当該言動の目的
  • 当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況
  • 業種・業態
  • 業務の内容・性質
  • 当該言動の態様・頻度・継続性
  • 労働者の属性や心身の状況
  • 当該言動の行為者とされる者(以下「行為者」という。)との関係性等
重要なポイント 本指針は「『言動の内容』及び『手段や態様』に着目し、総合的に判断することが適当であり、『言動の内容』、『手段や態様』の一方のみが社会通念上許容される範囲を超える場合でもこれに該当し得る」と明記しています【本指針2(5)】。
【実務上の解釈】
要求内容自体に正当性があっても、その伝え方(手段・態様)が著しく不適切であれば、その時点でカスタマーハラスメントに該当する可能性があるということです。
原因や背景に関する留意事項 加えて、本指針は「事業主又は労働者の側の不適切な対応が当該言動の原因や背景となっている場合もあることにも留意する必要がある」とも述べており【本指針2(5)】、自社・自社労働者の対応の問題が顧客の言動を誘発した可能性についても、判断の際に考慮すべきとされています。

典型例①:言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの

本指針2⑸イは、言動の内容が社会通念上許容される範囲を超える典型例として4つの類型を示しています(本指針2⑸イ)。

  1. そもそも要求に理由がない又は商品・サービス等と全く関係のない要求として、例として「性的な要求や、労働者のプライバシーに関わる要求をすること
  2. 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求として、例として「契約内容を著しく超えたサービスの提供を要求すること
  3. 対応が著しく困難な又は対応が不可能な要求として、例として「契約金額の著しい減額の要求をすること
  4. 不当な損害賠償要求として、例として「商品やサービス等の内容と無関係である不当な損害賠償要求をすること

典型例②:手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの

本指針2⑸ロは、手段や態様が社会通念上許容される範囲を超える典型例として5つの類型を示しています。

なお本指針は「これらの典型例は限定列挙ではない」ことを明確にしており(本指針2⑸柱書)、個別の事案の状況によって判断は異なりうるとしています。

  • 1. 身体的な攻撃(暴行、傷害等)
    • 「殴る、蹴る、叩く等の暴行を行うこと」
    • 「物を投げつけること」
    • 「わざとぶつかること」
    • 「つばを吐きかけること」
  • 2. 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
    • 「店舗の物を壊すことをほのめかす発言やSNS等のインターネット上へ悪評を投稿することをほのめかす発言によって労働者を脅すこと」
    • 「SNS等のインターネット上へ労働者のプライバシーに係る情報の投稿等をすること」
    • 「労働者の人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・ジェンダーアイデンティティに関する侮辱的な言動を行うことを含む」
    • 「土下座を強要すること」
    • 「盗撮や無断での撮影をすること」
    • 「労働者の性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の者に暴露すること又は当該労働者が開示することを強要する若しくは禁止すること」
  • 3. 威圧的な言動
    • 「大きな声をあげて労働者や周囲を威圧すること」
    • 「反社会的な言動を行うこと」
  • 4. 継続的、執拗な言動
    • 「同様の質問を執拗に繰り返すこと」
    • 「当初の話からのすり替え、揚げ足取り、執拗な責め立てをすること」
    • 「同様の電子メール等を執拗に繰り返し送りつけること
  • 5. 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
    • 「長時間に渡る居座りや電話で労働者を拘束すること」
判断の主なポイント カスハラに該当し得る例 正当なクレームの例
要求内容の妥当性 非がないのに返金を求める、契約外のサービス強要 商品の不備に対する交換要求、説明不足の指摘
手段・態様の相当性 暴言、長時間拘束、土下座の強要、SNS晒し 丁寧な口調での苦情、改善の要望
頻度・継続性 毎日数時間にわたる電話、執拗な連絡の反復 一時的な不満の表明

「労働者の就業環境が害される」の判断基準

本指針2⑹は「労働者の就業環境が害される」とは「当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す」と定義しています。

判断基準は「平均的な労働者の感じ方」とされ、「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか」を基準にすることが適当とされています(本指針2⑹)。

なお、頻度・継続性は考慮されますが、「強い身体的又は精神的苦痛を与える態様の言動の場合は、1回の言動でも、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じ、就業環境を害する場合があり得る」と明記されています(本指針2⑹)。一度限りの行為であっても、内容が重大であれば直ちにカスタマーハラスメントと認定される可能性があるという重要な規定です。

事業主に義務付けられる3つの雇用管理上の措置義務

2026年10月の義務化に向け、事業主は国が示す指針に基づき、主に3つの柱からなる措置を講じる必要があります 。

措置1:事業主の方針等の明確化および周知・啓発

  • 職場におけるカスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること(本指針4⑴イ)
    本指針はこの方針を顧客等にも周知・啓発することが「被害の防止に当たっては効果的」と述べています。
  • 職場におけるカスタマーハラスメントの内容及びあらかじめ定めた職場におけるカスタマーハラスメントへの対処の内容を、管理監督者を含む労働者に周知すること(本指針4⑴ロ)
    本指針は対処の内容の例として以下を挙げています。
    • 「労働者から管理監督者等に直ちに報告し、その場の対応の方針について指示を仰ぐこと」
    • 「可能な限り労働者を一人で対応させないこと。また、必要に応じて当該労働者に代わって管理監督者等が対応すること」
    • 「顧客等とのやり取りを録音・録画すること」
    • 「労働者から十分な説明を行った上で、なお繰り返しの要求が続く場合には、一定の時間の経過をもって退店を求めたり、電話を切ったりすること」
    • 「暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報すること」
    • 「現場対応が困難な場合においては、本社・本部等へ情報共有を行い、指示を仰ぐこと」「法的な手続が必要な場合には、法務部門等と連携し、弁護士へ相談すること」

措置2:相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

  • 相談への対応のための窓口(以下『相談窓口』という。)をあらかじめ定め、労働者に周知すること(本指針4⑵イ)
    本指針は「職場における他のハラスメントの相談窓口と一体的に設置をすることも考えられる」としています。
  • 相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること(本指針4⑵ロ)
    本指針は重要な観点として下記を求めています。
    • 「被害を受けた労働者(以下『被害者』という。)が萎縮するなどして相談を躊躇する例もあること等も踏まえ」、「職場におけるカスタマーハラスメントが現実に生じている場合だけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるカスタマーハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすること」

措置3:事後の迅速かつ適切な対応

  • 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること(本指針4⑶イ)
    行為者が他の事業主の労働者または役員である場合には「必要に応じて、他の事業主に事実関係の確認への協力を求めることも含まれる」とされています。
  • 事実関係が確認できた場合は「速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと(本指針4⑶ロ)
    具体例として「事案の内容や状況に応じ、管理監督者等が被害者に代わって対応すること、被害者と行為者を引き離すこと等の措置を講ずること」「暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については警察へ通報すること」「事案の内容や状況に応じ、行為者に対応する担当者の変更又は複数人で対応すること」等が挙げられています。

措置を講じる際の留意事項(本指針4柱書)

本指針4の柱書は、これらの措置を講じる際の重要な留意事項を示しています。

  • 消費者法制・障害者差別解消法との関係として、「消費者法制により定められている消費者の権利や、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律において、障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供義務が定められていることに留意する必要があり」、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針(令和5年3月14日閣議決定)」に即して主務大臣が定める対応指針等も参考にして、「顧客等との建設的対話を重ねるなど、事案に応じて適切に対応する必要がある」とされています(本指針4柱書)。
  • 業法上のサービス提供義務との関係として、「各業法等によりサービス提供の義務等が定められている場合やサービスが途絶すると顧客等の生命や心身の健康に重大な影響が及ぶ場合等があることに留意して適切に対応する必要がある」とも明記されています(本指針4柱書)。これは医療・福祉・公共サービス等、事業の性質上一方的な対応拒否が許されない業種への配慮を示した規定です。
  • 職場環境改善の重要性として、本指針4⑴の柱書は「職場におけるカスタマーハラスメントの発生の原因や背景には、商品・サービス・接客等における問題や顧客等とのコミュニケーションの不足などもあると考えられる」ため、「職場においてこれらを幅広く解消していく取組を進めることも、職場におけるカスタマーハラスメントの防止の効果を高める上で重要である」と述べています。カスハラ対策は単に「顧客から守る」だけでなく、自社の商品・サービス・接客品質の見直しと連動させることが効果を高めるという視点です。

カスタマーハラスメントの実態と従業員への深刻な影響

対策を推進する上で、現状の被害実態を把握することは、組織内の意識改革を加速させるための強力なエビデンスとなります。

項目・分析カテゴリ 具体的な現状・統計データおよび実態
増加する被害相談と
深刻化する現状
令和5年度の職場のハラスメントに関する実態調査によると、過去3年間にカスハラの相談があった企業は27.9%に達し、前回調査(19.5%)から大幅に増加しています。他のハラスメントが減少傾向にある中で、カスハラのみが増加している現実は、現場の労働者がさらされているストレスの増大を物語っています。また、実際に相談があった事例の86.8%が、企業によってハラスメントに該当すると判断されています。
業種別の傾向と被害の内容 相談があった企業の割合が高い上位業種:
  • 医療・福祉:53.9%
  • 宿泊業・飲食サービス業:46.4%
  • 不動産業:43.4%
主な被害内容:
  • 継続的な、執拗な言動:72.1%(最多)
  • 暴言、威圧的な言動 など
法人顧客(BtoB取引)からの不当要求も約半数の企業で確認されています。
従業員の心身へのダメージと
離職リスク
被害を受けた従業員の多くがメンタルやモチベーションの低下を訴えており、怒り、不安、不眠、出勤への憂うつ感といった症状に苦しんでいます。深刻な事案では、休職や離職に追い込まれるケースもあり、企業にとっては貴重な人材の喪失、採用・教育コストの増大という甚大な損失を招くことになります。

産業保健スタッフの役割と人事労務部門との具体的な連携

カスハラ対策を形骸化させないためには、人事労務部門と産業医、保健師等の産業保健スタッフが密に連携する体制が不可欠です 。

専門職としての心理的サポートと相談対応

産業保健スタッフは、健康管理の立場から労働者の心身を支える専門家としての役割を担います 。保健師等は相談者の話を共感的に受け止め、精神的なショックを和らげる初期的なメンタルヘルスケアを行います 。特に、被害者が「自分が悪いのではないか」という自責の念に駆られやすい性質を踏まえ、客観的な立場でサポートし、心理的安全性を確保することが重要です 。

産業医による医学的判断と就業上の配慮

強いストレスを受けた従業員に対し、産業医は面談を実施し、心身の健康状態を把握します 。被害の程度に応じて、配置転換や休職、残業制限などの「就業上の配慮」が必要な場合、産業医は会社に対して専門的な意見を述べ、適切な職場環境を整えるためのアドバイスを行います 。この医学的判定に基づいた迅速な対応は、従業員の健康障害の重症化を防ぐための鍵となります 。

情報の適切な共有とプライバシー保護の両立

連携にあたっては、相談者のプライバシー保護を最優先しなければなりません 。産業保健スタッフは、機微な情報を適切に管理しつつ、職場環境の改善や就業配慮が必要な場合に限り、本人の同意を得た上で人事労務部門と必要な情報を共有します 。この連携フローをあらかじめ策定しておくことで、従業員が安心して相談できる環境が整います 。

精神障害の労災認定基準と企業の法的リスク管理

カスハラへの対応を怠ることは、企業にとって重大な法的責任に直結します。近年の労災認定基準の改正により、企業の責任はより厳しく問われるようになっています 。

労災認定基準へのカスハラの追加と認定件数

令和5年9月の改正により、心理的負荷を評価する具体的出来事として「カスタマーハラスメント」が新たに追加されました 。これにより、カスハラによる精神障害の労災認定が迅速化され、令和6年度には認定件数が108件に達するなど、増加傾向にあります 。

項目 詳細と動向
改正の概要 令和5年9月の改正により、心理的負荷を評価する具体的出来事として「カスタマーハラスメント」が新たに追加されました。
認定プロセスへの影響 これにより、カスハラによる精神障害の労災認定が迅速化されました。
認定件数と傾向 令和6年度には認定件数が108件に達するなど、増加傾向にあります。

会社の対応状況が認定結果を左右する

心理的負荷の強度は、出来事自体の内容だけでなく、その後の会社の対応状況を含めて総合的に判断されます 。例えば、出来事自体が「中」程度の負荷であっても、会社に相談したにもかかわらず適切な対応がなく放置された場合は、評価が「強」へと引き上げられ、労災と認定される可能性が高まります 。

見直しの柱 具体的な変更・追加内容
具体的出来事の追加、類似性の高い具体的出来事の統合等
追加 「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)
追加 「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」
心理的負荷の強度が「強」「中」「弱」となる具体例を拡充
  • パワーハラスメントの6類型すべての具体例、性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を含むことを明記
  • 一部の心理的負荷の強度しか具体例が示されていなかった具体的出来事について、他の強度の具体例を明記
※ 実際に発生した業務による出来事を、同評価表に示す「具体的出来事」に当てはめ、負荷(ストレス)の強さを評価

安全配慮義務違反と多額の損害賠償リスク

事業主は、労働者が安全に働くことができるよう配慮する義務を負っています 。カスハラを放置し、従業員が精神疾患を患った場合、この安全配慮義務に違反したとして多額の損害賠償を請求される可能性があります 。2026年からの義務化以降は、指針に定められた措置を講じていないこと自体が、義務違反を判断する強力な根拠となるため、対策の遅れは許されません 。

実効性のあるカスタマーハラスメント対策マニュアルの作成

義務化への対応を実効性のあるものにするためには、現場の従業員が迷わずに動ける具体的なマニュアルの整備が必要です 。

自社における判断基準の具体化と共有

マニュアルには、まず「自社にとって何がカスハラなのか」という具体的な線引きを記載します 。単に「悪質なクレーム」とするのではなく、「30分以上の居座り」「人格を否定する暴言」といった具体例を列挙することで、現場の担当者が自信を持って判断できるようになります。

対応フローとエスカレーションルールの策定

カスハラが発生した際の初期対応から、管理者への報告、組織的な対応へと移行するフローを可視化します 。

対応フェーズ 具体的なアクションと留意点
1. 初期対応 丁寧かつ冷静に事実を確認し、限定的な謝罪に留める。
2. 警告・交代 言動がエスカレートする場合、警告を発した上で上司や担当部署に交代する。
3. 組織的対応 複数人で対応し、録音やメモで証拠を残す。
4. 終了・排除 改善が見られない場合は対応を打ち切り、必要に応じて警察へ通報する。

自治体や公的機関における先進的な取組事例

カスハラ対策は官民問わず進んでいます。北海道札幌市ではイラスト入りのポスターでマナー周知を行っており、奈良県奈良市では悪質なケースで対象者の氏名を公表する制度を運用しています 。また、職員の名札を名字のみに変更してプライバシーを守る動きも広がっています 。これらの「組織として守る姿勢」を明示することは、従業員の安心感に直結します 。

カスタマーハラスメント(カスハラ)に関するよくある質問

Q Q1. カスハラ(カスタマーハラスメント)の定義とは?
A

厚生労働省の指針では、顧客等からの「著しい迷惑行為」により、従業員の就業環境が害されることを指します。単なる不満の表明(クレーム)を超え、社会的相当性を欠く手段・態様で行われるものが該当します。企業はこれらに対する基本方針を文書化し、組織として対応する姿勢を明確にする必要があります。

Q Q2. 一般的な「クレーム」と「カスハラ」の違い、境界線は?
A

最大の違いは「要求の内容」と「態様(やり方)」です。商品等の不備に対し正当な理由で改善を求めるのは通常の「クレーム」ですが、過剰な要求や暴言を伴うものは「カスハラ」に該当します。境界線に迷う場合は、あらかじめ衛生委員会等で調査審議した対応マニュアル に照らし、組織で判断することが重要です。

Q Q3. 具体的にどのような行為がカスハラの事例に当たりますか?
A

罵声や人格否定などの精神的な攻撃、居座りや長時間の電話といった威圧的な態度、不当な返金や土下座の要求などが挙げられます。これらは従業員に強い悩みや不安を与え、メンタルヘルス不調を引き起こすリスクがあるため、早期の発見と適切な措置が求められます。

Q Q4. カスハラに関する法律や罰則はありますか?
A

2026年現在、カスハラそのものを罰する単独法以外に、刑法の強要罪、威力業務妨害罪、脅迫罪、不退去罪などが適用される可能性があります。法令違反があった場合には罰則の対象となることがあり、企業は法的手段も含めた毅然とした対応体制を整えておくべきです。

Q Q5. 会社にはどのような「安全配慮義務」がありますか?
A

労働契約法に基づき、使用者は労働者が安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする義務があります。カスハラによって従業員がメンタルヘルス不調を発症した場合、適切な就業上の配慮を怠ると安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。

Q Q6. 厚生労働省の「対策マニュアル」には何が書かれていますか?
A

基本方針の決定、相談窓口の設置、教育・研修などが示されています。特に「組織的対応」が重要であり、個人情報を取り扱う者を明確にしつつ、現場だけで問題を抱え込ませない体制を構築することが推奨されています。

Q Q7. 現場でカスハラに遭った際の「正しい断り方」は?
A

感情的にならず「毅然とした態度」を貫くことが鉄則です。クッション言葉を用いつつも、「弊社の規程により対応致しかねます」と組織のルールを伝えましょう。暴言が続く場合は、マニュアル等に基づき打ち切りを宣告する勇気も必要です。

Q Q8. 証拠を残すための「録音」や「防犯カメラ」は有効ですか?
A

非常に有効です。トラブル防止という正当な理由がある無断録音は、多くの場合法的に認められます。これらの記録は、必要に応じて過去の経緯を比較検討し、適切な措置を講じる際の客観的な資料となります。

Q Q9. 被害を受けた従業員のメンタルケアはどうすべき?
A

即座に現場から離して話を聞き、「あなたの対応に非はなかった」と組織として認めることが重要です。必要に応じて産業医や専門家による相談対応 や、メンタルヘルス不調を未然に防止する一次予防の観点からのフォローアップを行いましょう。

Q Q10. 自治体(東京都など)独自の「カスハラ防止条例」とは?
A

東京都をはじめとする自治体で、顧客から従業員への不当な権利侵害を禁止することを明文化した条例です。これは法律とは別に、地域全体でカスハラを許さない機運を高め、企業の対策を後押しする役割を持っています。


2026年10月のカスタマーハラスメント対策義務化は、従業員の健康を守り、企業の持続的な成長を担保するための重要な一歩です。人手不足が深刻化する中で、ハラスメントを放置する企業は、既存の従業員の離職だけでなく、新たな人材の確保という面でも極めて不利な立場に置かれることになります 。

当解説記事で紹介した4つの措置義務を軸に、まずは自社の実態をアンケート等で把握することから始めてください。産業保健スタッフと人事労務部門が手を取り合い、医学的なケアと組織的な防衛を両立させた体制を構築することが、義務化という荒波を乗り越えるための最良の道となります。2026年の施行に向けて、今から計画的な準備を進めていきましょう。当解説記事が、読者の皆様の職場の安全と健康に寄与し、より良い就業環境の実現に繋がることを願っています。