従業員の健康管理を「コスト」ではなく「投資」として捉える「健康経営」という考え方が、経済産業省を中心に急速に普及しています。しかし健康経営がどのような概念なのか、健康経営優良法人の認定を取得するにはどう進めればよいのか、産業保健の取り組みとどう関係するのかについて、整理できていないという人事労務担当者や産業保健スタッフの方も少なくないのではないでしょうか。当解説記事では、健康経営の定義・注目される背景・メリット・健康経営優良法人2026の概要・産業保健との連携・取り組みの実務ステップまでを、経済産業省・厚生労働省の情報をもとにわかりやすく解説します。
目次 [表示/非表示]
健康経営とは
健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、健康の保持・増進につながる取り組みを戦略的に実践することです。従業員の健康への投資が、組織の活性化・生産性の向上・企業価値の向上をもたらすという考え方に基づき、経済産業省が健康長寿社会の実現に向けた取り組みのひとつとして推進しています。
経済産業省による健康経営の定義
経済産業省は健康経営を「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、健康の保持・増進につながる取組を戦略的に実践すること」と定義しています。「健康管理を経営的な視点で考える」というキーワードが示すように、従業員の健康への取り組みは、企業の持続的な成長・生産性向上・人材確保という経営課題の解決手段として位置づけられています。従来の「健康管理=コスト」という視点から「健康管理=投資」へという発想の転換が、健康経営の本質です。
「健康経営®」は登録商標
「健康経営」という名称はNPO法人健康経営研究会の登録商標です(経済産業省のプレスリリースでも毎回明記されています)。「健康経営」という言葉を商業目的で使用する際は、商標権に関して一定の配慮が必要です。行政文書や社内の施策資料での一般的な使用については問題ないとされていますが、商業利用に際して不安がある場合はNPO法人健康経営研究会にお問い合わせください。
健康経営が注目される背景
なぜ今、健康経営への関心がこれほど高まっているのでしょうか。その背景には、日本が直面する複数の社会課題があります。
少子高齢化と労働力不足
日本の生産年齢人口(15〜64歳)は1995年をピークに減少を続けており、2050年には現在より約2,300万人減少するという推計があります(国立社会保障・人口問題研究所)。経済産業省の試算では、2040年に健康寿命を75歳以上に引き上げることができれば、65〜74歳も生産年齢人口に含まれることで2050年の生産年齢人口比率は2023年時点より高くなるとされており、健康寿命の延伸が労働力確保の鍵を握っています。
このような状況のなかで、在籍する従業員一人ひとりが健康で能力を最大限に発揮できる環境を整えることは、企業の競争力維持という観点からも最優先の経営課題となっています。
プレゼンティーイズムとアブセンティーイズムによる損失
従業員の健康問題が企業の生産性に与える影響は、「アブセンティーイズム(疾病による欠勤・休職)」だけではありません。近年特に注目されているのが「プレゼンティーイズム(健康上の問題を抱えながら出勤しているために生産性が低下している状態)」による損失です。
経済産業省の調査によると、企業が負担する従業員の健康関連コストのうち、プレゼンティーイズムによる損失は医療費や欠勤コストを大きく上回るとされています。腰痛・睡眠障害・メンタルヘルス不調などが原因のプレゼンティーイズムは目に見えにくいため、放置されがちですが、実際の経営へのインパクトは非常に大きいのです。健康経営への投資がこれらの損失を低減し、業績向上につながるという実証的な根拠が蓄積されつつあります。
人的資本経営・ESG投資の潮流
2023年3月に義務化された有価証券報告書への「人的資本情報の開示」を契機として、従業員の健康・安全・エンゲージメントに関する情報開示が上場企業に求められるようになりました。投資家がESG(環境・社会・企業統治)の観点から企業を評価する際、健康経営の取り組みは「S(社会)」「G(ガバナンス)」の視点から重要な評価項目のひとつとなっています。
経済産業省は「健康経営度調査を開始してから10年が経ち、競争力の源泉として『ヒト』を中心とする無形資産の価値や、企業における人的資本の重要性はさらに高まっている」と述べており、健康経営を人的資本経営・ウェルビーイング経営・サステナビリティ経営と統合的に推進する方向性を示しています。
健康経営がもたらすメリット
健康経営の取り組みを推進することで、企業と従業員の双方にさまざまなメリットがもたらされます。
| 企業・従業員へのメリット | 健康経営がもたらすメリットの内容・効果 |
|---|---|
| 企業へのメリット | 生産性の向上として、従業員の心身の健康が確保されることで集中力・創造性・業務効率が向上し、プレゼンティーイズムの改善・ミスの減少・イノベーションの促進につながります。 |
| 医療費・欠勤コストの抑制として、生活習慣病の予防・メンタルヘルス不調の早期発見・早期対応により、長期的な医療費負担の軽減と疾病による欠勤・休職コストの削減が期待できます。 | |
| 採用力・定着率の向上として、健康経営に取り組んでいることが求職者への強力なアピールポイントとなり、優秀な人材の獲得・定着率の改善につながります。 | |
| 企業ブランド・社会的信頼の向上として、健康経営優良法人の認定取得は「従業員を大切にする企業」としての社会的評価を高め、取引先・金融機関・投資家からの信頼向上にもつながります。 | |
| 従業員へのメリット | 健康意識の向上として、会社が健康づくりを積極的に支援することで、従業員一人ひとりの健康に対する意識が高まります。 |
| 疾病の早期発見・重症化予防として、健康診断・保健指導・各種健康増進施策の充実により、生活習慣病やがん等の疾患を早期段階で発見し対処できる機会が増えます。 | |
| 働きやすい環境の実現として、ワークライフバランスの推進・メンタルヘルス対策の充実・柔軟な働き方の導入など、長く安心して働き続けられる職場環境が整います。 |
政府が推進する健康経営の2つの認定・選定制度
経済産業省は健康経営の普及・見える化のために、2つの認定・選定制度を運用しています。それぞれの特徴と対象を整理します。
健康経営優良法人認定制度
健康経営優良法人認定制度は、特に優良な健康経営を実践している大企業・中小企業等の法人を「見える化」することで、従業員や求職者・関係企業・金融機関などから評価を受けることができる環境を整備することを目的に、2016年度に経済産業省が創設した制度です。評価基準は日本健康会議(健康経営推進検討会)が定め、日本健康会議が認定事務を行っています。
認定法人数は年々増加しており、2026年3月9日に発表された最新の「健康経営優良法人2026」では大規模法人部門に3,765法人(前年2025年は3,400法人)、中小規模法人部門に23,085法人(前年2025年は19,796法人)が認定され、両部門とも大幅に増加しています。
健康経営銘柄
健康経営銘柄は、経済産業省と東京証券取引所が共同で、上場企業のうち従業員の健康管理を経営戦略の一部として積極的に実践している企業を毎年選定・紹介する制度です。健康経営優良法人認定制度よりも前の2015年度から開始されており、健康経営優良法人認定よりもさらに高いレベルの取り組みを評価するものです。
健康経営銘柄2026では、健康経営度調査の結果をもとに、業種ごとに上位に位置する企業が選定されます。長期的な観点から企業価値の向上につながる健康経営の実践を投資家に示す制度として機能しており、選定企業は機関投資家・ESG投資の観点からも注目されます。
健康経営優良法人2026の概要
健康経営優良法人認定制度の最新版である「健康経営優良法人2026」の概要を整理します。
健康経営優良法人認定制度には「大規模法人部門」と「中小規模法人部門」の2つの部門があります。大規模・中小規模の区分の目安は、上場企業または資本金・出資金3億円超かつ従業員数301人以上が大規模法人部門、それ以外が中小規模法人部門に相当します(正確な区分基準は認定申請ガイドブックで確認が必要です)。
大規模法人部門では、上位500法人に「ホワイト500」の称号が付与されます。中小規模法人部門では上位500法人に「ブライト500」、501〜1,500位の法人に「ネクストブライト1000」の称号が付与されます。
健康経営認定基準の5つの大項目
健康経営優良法人の認定基準は、大規模・中小規模の両部門共通で以下の5つの大項目で構成されています。
- 経営理念・方針(健康宣言の発信・経営者自身の健診受診等)
- 組織体制(健康管理の担当者・産業保健スタッフ・保険者との連携体制等)
- 制度・施策実行(健康診断・保健指導・メンタルヘルス対策・過重労働対策・感染症対策・女性の健康支援・治療と仕事の両立支援・仕事と育児・介護の両立支援等)
- 評価・改善(効果検証・健康経営の開示)
- 法令遵守・リスクマネジメント
中小規模法人部門の主な認定要件
中小規模法人部門の認定には24の評価項目が設けられており、必須項目の充足と選択項目の一定数以上の達成が求められます。主な必須項目としては、健康宣言の社内外への発信・健康経営の具体的な推進計画の策定などが含まれます。
選択項目では17項目の中から8項目以上(ホワイト500相当を目指す場合は14項目以上)の達成が必要です。認定基準は毎年見直されるため、最新の認定申請ガイドブック(ACTION!健康経営ポータルサイトで公開)を必ず確認してください。また、中小規模法人部門への申請には、加入している保険者(協会けんぽや健康保険組合等)が実施する健康宣言事業への参加が必須要件となっています。申請日時点で実施済みであることが必要です。
2026年から、規模の特に小さい事業者を対象とした小規模法人特例も設けられており、より要件を絞った形での認定取得が可能となっています。
申請スケジュールと認定申請料
健康経営優良法人2026(令和7年度)の中小規模法人部門の申請は2025年8月18日〜10月17日に受け付けられ、2026年3月9日に認定法人が発表されました。健康経営優良法人2027(令和8年度)の申請は2026年8月〜10月頃に行われる見込みです。
中小規模法人部門の認定申請料は16,500円(税込)です(2026年度時点)。大規模法人部門については認定申請ガイドブックで確認してください。申請・認定事務は健康経営優良法人認定事務局(株式会社日本経済新聞社、委託:株式会社日経リサーチ)が担当しています。
健康経営と産業保健・健康保険者との連携
健康経営を効果的に推進するためには、産業保健スタッフと健康保険者との連携が不可欠です。
コラボヘルスとは
コラボヘルスとは、事業主と健康保険者が積極的に連携・協働して、従業員とその家族の健康増進を効果的・効率的に図る取り組みのことです。経済産業省・厚生労働省が連携して推進しており、健康経営優良法人の認定要件にも「保険者との連携」が含まれています。
具体的なコラボヘルスの取り組みとして、保険者と事業主が健診データを共有・分析して健康課題を把握すること、保険者が提供する保健指導・健康増進プログラムを職場で積極的に活用すること、共同で従業員向けの健康増進キャンペーンを実施することなどが挙げられます。コラボヘルスを推進することで、重複する取り組みを整理してコスト効率を高めながら、従業員への健康支援の質を向上させることができます。
産業保健スタッフの役割
健康経営の推進において、産業医・産業保健師・衛生管理者・心理専門職などの産業保健スタッフが果たす役割は非常に重要です。健康診断の実施と事後措置・ストレスチェックの実施と集団分析・高ストレス者への面接指導・過重労働対策・職場復帰支援・健康教育・保健指導など、産業保健活動のすべてが健康経営の実践と直結しています。
健康経営優良法人の認定要件においても、産業保健スタッフの配置・活動体制の整備は重要な評価ポイントです。産業医を専任・嘱託で選任している事業場では、産業医が健康経営の推進計画策定・評価に関与する体制をつくることで、取り組みの質が格段に向上します。産業保健スタッフが「健康経営推進の専門的なパートナー」として機能するよう、人事労務担当者との情報共有・役割分担の明確化が重要です。
健康経営の取り組みを進める実務ステップ
健康経営を具体的に推進するための実務的なステップを整理します。
| 健康経営の取り組みステップ | 実践内容やデータに基づくガバナンスの詳細 |
|---|---|
|
STEP1 経営トップによるコミットメント |
経営トップのコミットメントの表明が必要です。健康経営は人事労務部門だけの取り組みではなく、経営者が主体となって推進するものです。経営者が「健康経営宣言(健康宣言)」を発信し、従業員・社外に方針を示すことが出発点です。加入保険者への健康宣言事業への参加申込もこの段階で行います。 |
|
STEP2 自社課題の把握 |
自社の健康課題の把握です。健康診断の有所見率・ストレスチェックの集団分析結果・医療費データ・休職者数・離職率などのデータを収集・分析し、自社の健康上の課題を明確にします。「何のために健康経営に取り組むか」という目的を、データに基づいて設定することがPDCAを機能させるうえで重要です。 |
|
STEP3 健康経営推進計画 |
健康経営の推進計画の策定です。把握した健康課題をもとに、取り組む施策・目標値・担当者・スケジュールを定めた推進計画を策定します。衛生委員会での審議を経て計画を決定し、全従業員に周知します。 |
|
STEP4 施策の実施 |
施策の実施です。健康診断・保健指導の充実、ストレスチェックの実施と活用、メンタルヘルス研修、禁煙支援、運動促進、食環境の整備、ワークライフバランスの推進など、推進計画に基づいた施策を継続的に実施します。 |
|
STEP5 効果の評価・見直し |
効果の評価と見直しです。施策の実施状況と効果(健診有所見率の変化・ストレス高値者の推移・休職者数の変化等)を定期的に評価し、計画の見直しを行うPDCAサイクルを回します。評価結果を社内外に開示することで、透明性の確保と次年度の取り組みへの動機づけにつながります。 |
健康経営に関するよくある質問
健康経営を「制度対応」から「企業文化」へ
健康経営は、健康経営優良法人の認定を取得するための「制度対応」ではありません。従業員の健康を会社の成長の基盤として捉え、中長期的な視点で継続的に取り組み続けることで、はじめて生産性向上・採用力強化・企業価値向上という成果につながります。
当解説記事でご紹介したとおり、健康経営は少子高齢化・労働力不足・人的資本経営の潮流という社会的背景を受けて、経済産業省が積極的に推進している取り組みです。健康経営優良法人2026では大規模・中小規模合わせて26,850法人が認定されており、日本全体での健康経営への取り組みは着実に広まっています。
人事労務担当者・産業保健スタッフとして取り組む第一歩は、加入保険者への健康宣言事業の参加申込と、自社の健康課題の可視化から始めることです。そして産業医・産業保健師等の専門職と連携しながら、取り組みをPDCAサイクルで継続的に改善していくことが、健康経営を「企業文化」として根づかせていく道筋となります。
健康経営に関する主要情報へのクイック参照表(リンク集)
| カテゴリ | タイトル(リンク) |
|---|---|
| 健康経営制度全般 | 健康経営の推進(経済産業省) |
| 健康経営認定申請 | ACTION!健康経営ポータルサイト |
| 健康経営優良法人2026 | 「健康経営優良法人2026」認定法人の決定(経済産業省) |
| コラボヘルスとは | コラボヘルスの推進(厚生労働省) |
| 人的資本開示 | 人的資本経営の推進(経済産業省) |

