「会議で発言しにくい雰囲気がある」「上司に相談できず問題を一人で抱え込んでしまう」「ミスを報告しにくい職場文化がある」——こうした組織の悩みの根底に「心理的安全性の低さ」が関係していることが多くあります。心理的安全性は1999年にハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した組織行動学の概念であり、Googleの大規模研究(プロジェクト・アリストテレス)でチームパフォーマンスの最重要因子と確認されたことで世界的に注目を集めました。当解説記事では、心理的安全性の定義と学術的根拠・職場で低下させる4つの不安・ハラスメントとの関係・管理職が実践できる高め方・産業保健活動との連動について、公的機関の情報と学術知見をもとに解説します。
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心理的安全性とは?定義と学術的根拠
心理的安全性(Psychological Safety)とは、「チームにおいて、他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないという確信をもっている状態であり、チームは対人リスクをとるのに安全な場所であるという信念がメンバー間で共有された状態」です。これはハーバード大学ビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授が1999年の論文(Edmondson, 1999. Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.)で定義したものです。
Googleプロジェクト・アリストテレスの知見
心理的安全性が実務家の世界でも広く知られるようになったきっかけは、Google社が2012〜2016年に実施した「プロジェクト・アリストテレス」です。180チームを対象に、どのようなチームが高いパフォーマンスを発揮するかを分析した結果、最も重要な因子として「心理的安全性」が特定されました。チームの構成員の優秀さやスキルよりも、「このチームでは安心して発言できる」という共有された信念のほうがチームの成果を左右したのです。
「仲良し職場」や「ぬるい職場」との違い
心理的安全性についてよくある誤解が「心理的安全性が高い=仲良しで互いに傷つけない職場」というものです。しかしエドモンドソン教授の定義は、単なる親密性や居心地の良さを意味しません。心理的安全性が高い職場では、難しい問題を直接話し合える・失敗を正直に共有できる・建設的な意見の相違が歓迎されるという、むしろ「安全に挑戦できる環境」が特徴です。「言いたいことを言えるが、それぞれが高い目標に向かって取り組む」という緊張感と安全性が共存した状態が理想です(エドモンドソン, 1999・マイナビHRトレンドラボ, 2026年)。
心理的安全性を低下させる4つの不安
職場で心理的安全性が損なわれる背景には、メンバーが抱える4種類の対人的不安があります(NTTドコモビジネス「心理的安全性の効果をひときわ高めるためのICT活用法」)。これら4つの不安が重なると、組織内の情報共有・学習・イノベーションがすべて阻害され、業績・品質・安全性に深刻な影響が及びます。
- 無知と思われる不安
「こんなことも知らないのか」と思われることへの恐れから、質問・確認ができなくなります。 - 無能と思われる不安
「こんなこともできないのか」と評価されることへの恐れから、ミスや失敗を隠すようになります。 - 邪魔と思われる不安
「また余計な発言をしている」と感じられることへの恐れから、発言を控えるようになります。 - ネガティブと思われる不安
「批判的なことばかり言う人だ」と評されることへの恐れから、懸念や改善提案を口にしなくなります。
ハラスメントと心理的安全性の関係
心理的安全性の低下と職場のハラスメントは、表裏一体の関係にあります。公益社団法人千葉県看護協会「あなたの職場では心理的安全性は保たれていますか?」(2023年12月)では、ハラスメントの自己チェックと職場環境チェックを組み合わせて心理的安全性を確認する方法が示されており、上司の威圧的な態度・失敗が許されない雰囲気・上司への反論がしにくい環境・助け合えない職場等がそのまま心理的安全性を損なう要因として列挙されています(公益社団法人千葉県看護協会「職場における心理的安全性チェックリスト」2023年12月)。
パワーハラスメントの3要素(優越的関係・業務の適正範囲を超える行為・身体的または精神的苦痛を与える行為)が職場に存在することは、心理的安全性を直接的に破壊します。2020年6月施行の改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)によりハラスメント相談窓口の設置が事業主の義務となりましたが、相談窓口の整備とあわせて「そもそも相談しやすい職場文化をつくる」という観点——これが心理的安全性の向上そのものです(千葉県看護協会前掲資料・厚生労働省「あかるい職場応援団」)。
心理的安全性とメンタルヘルスの関係
心理的安全性が低い職場ではメンタルヘルス不調が生じやすいという関係は、厚生労働省のメンタルヘルス指針とも深く連動しています。同指針は「職場のレイアウト、作業方法、コミュニケーション、職場組織の改善などを通じた職場環境等の改善は、労働者の心の健康の保持増進に効果的」と明示しており(厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」平成27年改正)、コミュニケーションと職場組織の改善——つまり心理的安全性の向上——がメンタルヘルス不調の一次予防として機能することが示されています。
ストレスチェック制度における集団分析の結果(「職場の支援」「上司のサポート」等の指標)は、心理的安全性の状態を組織レベルで把握するための客観的データとして活用できます。「上司のサポートが低い」という集団分析結果は、その職場の心理的安全性が損なわれているサインである可能性があります。
管理職・リーダーが実践できる心理的安全性の高め方
心理的安全性はトップダウンで「宣言」するものではなく、日常の小さな行動の積み重ねによって醸成されます。管理職・リーダーが実践できる具体的な行動を整理します。
①まず自分から発言・開示する
リーダー自身が「自分もわからないことがある」「この判断が間違っていたかもしれない」と率直に表現することで、メンバーが同様の開示をしやすい心理的な許可を与えます。上司が失敗を認めない・質問しない雰囲気は、そのまま部下にも伝染します。
②発言を歓迎する言葉と態度を示す
会議や1on1での「それは大事な指摘ですね」「聞かせてくれてよかった」「違う意見がある人は?」という言葉は、心理的安全性を直接的に高めます。反対に「そんなことも知らないの?」「それは以前も話した」という反応は、即座に安全性を低下させます。
③失敗を責めずプロセスを評価する
ミスを報告した人が叱責される文化では、問題が隠蔽されます。失敗の事実ではなく「なぜ起きたか・何を学んだか」というプロセスに焦点を当てたフィードバックが、心理的安全性と組織学習を両立させます。
④日常の挨拶・丁寧な言葉づかいを習慣にする
千葉県看護協会の資料が示すように、「普段から丁寧な言葉づかいを意識する」「日常の挨拶を交わす」「自分がされたら嫌なことは相手にもしない」という基本的な行動が、心理的安全性の土台を形成します(公益社団法人千葉県看護協会「心理的安全性が高い組織づくりのために」2023年12月)。挨拶すらほとんどない職場は、前述の「無知・無能・邪魔・ネガティブ」の不安が高まる環境の典型例です。
人事・組織として取り組む施策
個人の行動変容だけでなく、組織の仕組みとして心理的安全性を支える施策も重要です。
| 実務上の施策・確認項目 | 具体的な取り組み内容および実施目的の詳細(原文通り) |
|---|---|
| 定期的な1on1ミーティングの導入 | 定期的な1on1ミーティングの導入として、上司と部下が週次または隔週で対話する1on1の仕組みは、部下が「この上司には話せる」という関係性を積み上げる最も実効性の高い手段のひとつです。 |
| 匿名相談窓口・ハラスメント相談窓口の整備 | 匿名相談窓口・ハラスメント相談窓口の整備として、対面では言いにくい問題を安全に報告できる仕組みが、発言のハードルを下げます。相談窓口の存在を全従業員に定期的に周知することが重要です。 |
| 心理的安全性を評価・研修に組み込むこと | 心理的安全性を評価・研修に組み込むこととして、管理職評価に「部下が発言しやすい環境をつくっているか」という視点を加えたり、管理職研修に傾聴・フィードバック・コーチングのスキルを組み込む取り組みが有効です。 |
| ストレスチェック集団分析との連動 | ストレスチェック集団分析との連動として、「上司のサポート」「職場の一体感」等の指標が低い部署では、心理的安全性の改善を優先的な職場環境改善課題として衛生委員会で審議します。 |
心理的安全性に関するよくある質問
「安全に発言できる職場」がすべての土台になる
心理的安全性は、メンタルヘルス対策・ハラスメント防止・イノベーション・生産性向上・離職防止——あらゆる組織課題の根底にある共通の基盤です。厚生労働省のメンタルヘルス指針が示す職場環境改善・ラインによるケア・4つのケアの推進も、職場に心理的安全性がなければ実効性を持ちません。
管理職の日常の言葉・態度・挨拶から始まる小さな積み重ねが、「このチームでは安心して発言できる」という信念を組織に根づかせます。人事担当者・産業保健スタッフとして、まず自社のストレスチェック集団分析の「上司のサポート」「職場のコミュニケーション」指標を確認し、課題のある部署を特定することが出発点となります。
