健康診断の受診時間は「労働時間」になる?給与の支払い義務・移動時間の扱いを職種別にスッキリ解説

公開日: 最終更新日: 執筆:一般社団法人メンタルセーフティー推進機構
給与の支払い義務・移動時間の扱いを職種別にスッキリ解説

健康診断の時期になると、「受診時間に給与を払う必要があるのか」「移動時間はどう扱えばよいのか」「パートやテレワーク勤務者はどうなるのか」といった疑問が人事労務担当者に多く寄せられます。結論から言えば、健康診断の受診時間が「労働時間」に当たるかどうかは、健康診断の種類によって明確に異なります。当解説記事では、厚生労働省の通達をもとに一般健康診断と特殊健康診断の違い・賃金支払い義務の有無・移動時間や交通費の取り扱い・就業形態別の対応まで、実務に役立つ形でわかりやすく整理します。


健康診断の受診時間と労働時間の関係を整理する

健康診断の受診時間が「労働時間」に当たるかどうかという問いに対する答えは、健康診断の種類によって異なります。ここで混乱が生じやすいのは、「会社が実施を義務づけられている=受診時間も当然労働時間になる」という思い込みです。法律の仕組みと厚生労働省の通達を正確に理解することが実務対応の出発点となります。

「労働時間」とは何か──判断の基準

労働基準法上の「労働時間」とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間のことです(最高裁平成12年3月9日判決・三菱重工業長崎造船所事件)。「指揮命令下に置かれているかどうか」は、使用者の明示・黙示の指示によって労働者が業務に従事している実態があるかどうかによって判断されます。

健康診断の受診時間を「労働時間」と評価できるかどうかも、この「使用者の指揮命令下に置かれているか」という基準で判断されます。健康診断の種類によって業務との関連性が異なることから、扱いが分かれることになります。

健康診断の種類によって扱いが異なる理由

労働安全衛生法第66条に基づく健康診断は大きく「一般健康診断」と「特殊健康診断」の2種類に分けられます。両者の扱いが異なる理由は、その実施目的と業務との関連性の違いにあります。この業務との関連性の有無が、受診時間の労働時間該当性の分かれ目となっています。

区分・判断基準 目的・業務との関連性および労働時間該当性の詳細
一般健康診断 一般健康診断は「労働者の一般的な健康の確保」を目的として事業者に実施義務が課されており、業務の遂行との直接的な関連性がない健康診断です。
特殊健康診断 一方、特殊健康診断は「有害な業務に従事することによる健康障害の防止」を目的として実施されるものであり、業務の遂行と直接的に関連しています。

一般健康診断の受診時間は「労働時間」に当たるか

定期健康診断・雇入れ時健康診断などの一般健康診断については、受診時間の労働時間該当性と賃金支払い義務について、厚生労働省の通達が明確な指針を示しています。

健康診断の受診時間が労働時間になるかどうかについて、一般・特殊健康診断の違い・賃金支払い義務・移動時間の扱い・就業形態別の対応など実務上の重要ポイントをまとめた要約図
健康診断の受診時間は「労働時間」になる?

厚生労働省通達(昭和47年基発第602号)の内容

「健康診断の受診に要した時間についての賃金の支払については、労働者一般に対して行われるいわゆる一般健康診断は、一般的な健康の確保をはかることを目的として事業者にその実施義務を課したものであり、業務遂行との関連において行われるものではないので、その受診のために要した時間については、当然には事業者の負担すべきものではなく労使協議して定めるべきものであるが、労働者の健康の確保は、事業の円滑な運営の不可欠な条件であることを考えると、その受診に要した時間の賃金を事業者が支払うことが望ましいこと。」

(厚生労働省「基発第602号」昭和47年9月18日)

この通達が示している内容を整理すると以下の2点になります。一般健康診断の受診時間について、賃金の支払いは当然の義務ではなく、労使協議によって定めるものとされています。ただし、労働者の健康確保は事業の円滑な運営に不可欠であることから、受診時間の賃金を支払うことが「望ましい」とされています。

「義務ではないが望ましい」の意味を正確に理解する

通達等ではよく「義務ではないが望ましい」という表現が使われます。この「望ましい」という表現は、法的義務ではなく行政としての推奨・指導の水準を示すものです。したがって本テーマにおいても、一般健康診断の受診時間に賃金を支払わなかったとしても、直ちに労働基準法違反となるわけではありません。

ただし、「義務ではないから支払わなくてよい」と単純に結論づけることも適切ではありません。就業規則や労使協定に「受診時間は有給(労働時間として扱う)」と定めている場合は、その規定に従う義務があります。また、実態として会社が所定労働時間内に受診を指示している場合は、使用者の指揮命令下にある時間として労働時間と評価されます。

受診の時間帯・シチュエーション 賃金の取り扱い・厚生労働省の見解および実務上の留意点
所定労働時間内に受診させた場合の賃金の扱い 会社が所定労働時間内に受診を指示・促した場合の扱いは以下のとおりです。
  • 会社の指示のもと所定労働時間内に受診する場合、その受診時間は実質的に使用者の指揮命令下にある時間と評価されるため、通常の賃金を支払うのが実務上の標準的な対応です。
  • 厚生労働省も「円滑な受診のためには受診時間の賃金を支払うことが望ましい」としていることから、所定労働時間内での受診に賃金を支払う会社がほとんどです。
  • 就業規則への記載がない場合でも、会社の指示により就業時間内に受診した時間は労働時間として扱われるとする見解が実務上は一般的です。
所定労働時間外・休日に受診させた場合の扱い 業務の都合等により所定労働時間外または休日に受診させた場合、賃金の支払い義務は生じません。ただし、この場合でも何らかの配慮(代替休暇の付与・割増賃金の支払い等)を行うことが望ましいとされています。
  • 会社側の都合で繁忙期に健診スケジュールが集中し、結果として所定労働時間外の受診を余儀なくされたような場合には、従業員との間でトラブルになる可能性があります。できるだけ所定労働時間内に受診できるよう日程調整を行うことが、実務上のリスク管理としても重要です。
  • なお、有給休暇を取得させて受診させることは、受診の機会を保障しているとはいえ年次有給休暇の消化に当てることになるため、適切な対応とはいえません。

特殊健康診断の受診時間は「労働時間」に当たるか

特殊健康診断については、一般健康診断とは明確に異なる扱いが定められています。

特殊健康診断が労働時間と扱われる根拠

特殊健康診断の受診時間は労働時間に該当し、賃金の支払い義務があります。その根拠は、特殊健康診断が業務の遂行と直接関連する健康障害の防止を目的とした健康診断であり、「業務の遂行に関して、労働者の健康確保のため当然に実施しなければならない」ものとして位置づけられているためです(前掲・昭和47年基発第602号)。

特殊健康診断は、その業務に従事させる際と一定期間ごとに実施が義務づけられており、当該業務への従事と不可分の関係にある健康診断です。受診に要した時間は使用者の指揮命令下に置かれた時間として評価されるため、所定労働時間内・時間外を問わず労働時間として賃金の支払いが必要です。

特殊健康診断の主な種類

特殊健康診断として位置づけられる主な健康診断は以下のとおりです。いずれも業務との直接的な関連性から、受診時間は労働時間として賃金支払い義務が生じます。

種類 対象業務・対象者 実施頻度
有機溶剤健康診断 有機溶剤業務に常時従事する労働者 雇入れ時・配置転換時・6か月以内ごとに1回
特定化学物質健康診断 特定化学物質を取り扱う業務の労働者 雇入れ時・配置転換時・6か月以内ごとに1回
鉛健康診断 鉛業務に常時従事する労働者 雇入れ時・配置転換時・6か月以内ごとに1回
放射線業務健康診断 放射線業務に従事する労働者 雇入れ時・配置転換時・6か月以内ごとに1回
深夜業健康診断 深夜業を含む業務に従事する労働者(特定業務従事者) 配置替え時・6か月以内ごとに1回
振動業務健康診断 振動工具を使用する業務に従事する労働者 雇入れ時・配置転換時・6か月以内ごとに1回

移動時間・交通費の扱い

健康診断のために職場外の健診機関に出向く場合、移動時間と交通費の取り扱いについてもルールを整理しておく必要があります。

項目 詳細および実務上の賃金・費用取扱基準
一般健康診断の移動時間 一般健康診断のために健診機関へ移動する時間については、受診時間そのものと同様に、当然の労働時間とはいえないという解釈が一般的です。ただし、会社の指示で特定の健診機関への移動を命じた場合、その移動時間は使用者の指揮命令下にある時間に準じるものとして、労働時間に含めて扱うことが望ましいとされています。
実務上は、所定労働時間内に受診から移動まで含めて対応する場合は、往復の移動時間も含めて業務扱いとする会社がほとんどです。
特殊健康診断の移動時間 特殊健康診断の場合、受診そのものが労働時間であることから、健診機関への移動時間も業務に付随する時間として労働時間に含まれると解されています。移動時間を含む受診に要した時間全体が賃金の支払い対象となります。
交通費の負担 健康診断のための交通費については、労働安全衛生法に直接の規定はありません。ただし、厚生労働省通達の解釈上「健診機関に出向く場合の交通費等は健診費用に要する費用として事業者が負担すべき」という考え方が一般的です。
会社指定の健診機関に受診する場合の交通費は、事業者が負担することが実務上の標準です。一方、社員が自ら選択した別の医療機関で受診した場合(労働安全衛生法第66条第5項ただし書きに基づく代替受診)の交通費は、会社が当然に負担すべきものとはならないとされています。

就業形態・職種別の対応整理

就業形態や勤務状況によって、健康診断の受診時間・賃金の取り扱いに工夫が必要な場面があります。

対象となる雇用・勤務形態 賃金の取り扱い・受診義務の要件および実務対応の詳細
正社員(通常の職場勤務) 正社員が所定労働時間内に会社の指示で受診する場合は、受診時間を労働時間として賃金を支払うことが実務上の標準です。所定労働時間の途中に受診する場合も、その前後の時間とあわせて通常の労働日として扱います。受診が所定労働時間を超える場合は、就業規則の定めに応じて時間外賃金の支払いを検討する必要があります。
パートタイム・アルバイト労働者 一般健康診断の実施義務・受診義務は、パートタイム・アルバイト労働者であっても「常時使用する労働者」の要件(①1年以上の雇用見込み・②週所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上)を満たす場合は正社員と同様に生じます。
賃金の支払いについても、正社員と同様の考え方が適用されます。所定労働時間内に受診した場合は、通常の時間給を支払うことが適切です。シフトの入っていない日に受診させた場合は、賃金支払いの義務はありませんが、受診しやすい環境を整えるためにシフト内での受診を基本とすることをお勧めします。
テレワーク・在宅勤務者 テレワーク・在宅勤務者の場合、健診機関への往復時間が通常の職場勤務者より長くなる場合があります。テレワーク勤務者が会社から健診機関への受診を命じた場合、自宅から健診機関への移動時間の扱いが実務上の論点となります。
この点については明確な通達・判例が確立しているわけではありませんが、会社が特定の健診機関での受診を指示した場合、その移動時間を業務に付随する時間として賃金の対象に含めることが、公平性の観点から望ましい対応といえます。
テレワーク勤務者の受診をスムーズに行うための工夫として、自宅近辺で利用できる健診機関の情報提供・受診の日時・場所の選択肢の拡大・受診当日は通勤不要のオンライン申請等の対応が有効です。
シフト制・夜勤・交代勤務者 シフト制・夜勤・交代勤務者については、所定労働時間の設定が不規則であることから、健康診断の実施時間の設定に注意が必要です。
夜勤明けの労働者を、疲弊した状態で健診に向かわせることは、正確な検査結果が得られないだけでなく、従業員の健康管理の観点からも問題があります。夜勤明けの直後ではなく、十分な休息を取った後に受診できるよう日程を組むことが適切です。受診日の勤務スケジュールについては、就業規則・シフト調整で個別に対応できる仕組みを設けることが推奨されます。

巡回健診で職場に来てもらう場合

健診機関が職場に来て実施する「巡回健診(出張健診)」の場合は、移動時間の問題が生じないため、受診時間の取り扱いがシンプルになります。職場内での巡回健診であれば、受診時間を所定労働時間内に設定することで、受診時間=労働時間内という整理が容易に行えます。

受診率の向上・移動時間の削減・受診しやすい環境の整備という観点から、巡回健診の導入は多くの事業場にとって実用的な選択肢です。特に受診日の設定が難しいシフト制職場や、事業所が分散している場合は、巡回健診の活用が受診率100%への効果的なアプローチとなります。

就業規則・給与規程への明記が対応の土台になる

健康診断の受診時間・賃金の扱いについてのトラブルを未然に防ぐために最も重要なのは、就業規則または給与規程への明記です。法律上の義務が明確でない領域だからこそ、会社としての方針を事前に文書化して全従業員に周知することが不可欠です。

就業規則に明記すべき事項として下記が挙げられます。

  • 健康診断の受診時間の取り扱い(労働時間に含むかどうか)
  • 一般健康診断・特殊健康診断の区別に応じた扱いの違い
  • 所定労働時間外に受診した場合の取り扱い
  • 交通費の負担方針

文例としては「会社の指示により就業時間内に一般健康診断を受診した場合、受診に要した時間は通常どおり業務を遂行したものとして取り扱い、通常の賃金を支払う」のような記載が考えられます。特殊健康診断については「特殊健康診断の受診に要した時間(移動時間を含む)は、労働時間として取り扱い賃金を支払う」と別途明記することが適切です。

就業規則の記載内容について不安がある場合は、社会保険労務士・弁護士と相談のうえ、自社の実態に合った内容で整備することをお勧めします。

健康診断の受診時間・賃金に関するよくある質問

Q 一般健康診断の受診時間に、賃金を支払わないと法律違反になりますか?
A

一般健康診断の受診時間に賃金を支払わないこと自体が直ちに労働基準法違反となるわけではありません。厚生労働省通達(昭和47年基発第602号)では「賃金の支払いは労使協議によって定めるべき」とされており、法律上の支払い義務はないとされています。ただし、就業規則や労使協定に「受診時間は有給(労働時間として扱う)」と定めている場合は、その定めに従う義務があります。また所定労働時間内に受診を指示した場合は、実質的に使用者の指揮命令下にある時間として賃金の支払いが求められます。

Q 特殊健康診断を残業時間に実施した場合、割増賃金は必要ですか?
A

必要です。特殊健康診断の受診時間は労働時間に該当するため、所定労働時間を超えて受診させた場合は時間外労働として割増賃金(25%以上)の支払いが必要です。法定休日に実施した場合は休日割増賃金(35%以上)の支払いが求められます。特殊健康診断はできる限り所定労働時間内に実施することが原則であり、時間外・休日の実施は最小限にとどめる運用が望ましいです。

Q 健康診断受診日の午前中のみ受診し、午後は通常業務という場合、どう扱えばよいですか?
A

一般健康診断の場合、受診した午前の時間を労働時間として扱うかどうかは、会社の方針(就業規則の定め・労使協議の結果)によります。会社の指示のもと所定労働時間内に受診した場合は、受診時間を含めた1日を通常の労働日として扱い、受診時間も含めて賃金を支払うことが一般的です。特殊健康診断の場合は受診した時間帯にかかわらず労働時間として扱います。

Q テレワーク中の社員が健診機関に行く移動時間は労働時間ですか?
A

明確な法的規定はありませんが、会社が特定の健診機関への受診を指示した場合、その移動時間は業務に付随する時間と評価できることから、受診時間と合わせて労働時間に含める(またはそれに準じた扱いをする)ことが公平性の観点から望ましい対応です。就業規則にテレワーク勤務者の健診受診時の取り扱いを明記しておくことで、認識の齟齬を防ぐことができます。

Q 有給休暇を取らせて健康診断を受診させても問題ありませんか?
A

問題があります。年次有給休暇は労働者が自由に取得できる権利であり(労働基準法第39条)、会社が特定の日に有給休暇を取得させることは原則として認められていません(計画年休の場合を除く)。健康診断の受診のために有給休暇を消化させることは、有給休暇の趣旨に反するうえ、従業員の不満・トラブルの原因になりえます。所定労働時間内に受診できる日程を調整するか、受診の際の欠勤を特別休暇(有給)として就業規則に定めることが適切な対応です。

Q 巡回健診と外部健診機関では、受診時間の労働時間の扱いは変わりますか?
A

基本的な考え方は変わりません。どちらの方式でも一般健康診断の場合は受診時間が当然に労働時間となるわけではなく、特殊健康診断の場合は労働時間として賃金支払いが必要という区別は同じです。実務上の違いとして、巡回健診は職場内で実施するため移動時間が発生せず、外部健診機関への移動時間に関する議論が不要になるという利点があります。

Q 受診時間の賃金について就業規則に定めがない場合、どうすればよいですか?
A

就業規則への明記がない場合でも、会社の指示により所定労働時間内に受診した時間は通常の賃金を支払うことが実務上の標準対応です。しかし、従業員からの問い合わせやトラブルを防ぐためにも、早めに就業規則に受診時間の取り扱いを明記することを強くお勧めします。記載内容については社会保険労務士や弁護士に相談しながら、自社の運用実態に合った内容で整備してください。

受診しやすい環境づくりが受診率向上の近道

健康診断の受診時間・賃金の取り扱いを正確に理解し、就業規則に明記することは、トラブル防止と受診率向上の両面で重要な意義があります。賃金の支払いに関するルールが不明確であったり、受診のために有給休暇を使わなければならないような運用が続いたりすると、「受けにくい」という心理的なハードルが生まれ、受診率の低下につながります。

当解説記事でご紹介したとおり、一般健康診断の受診時間への賃金支払いは法的義務ではないものの、厚生労働省は「支払うことが望ましい」としており、大多数の企業が所定労働時間内の受診時間を労働時間として扱っています。特殊健康診断については労働時間として賃金支払いが義務です。

「所定労働時間内に受診できる」「移動時間や交通費は会社が負担する」「特殊健康診断は就業時間内に実施する」というルールを明確にして周知することが、受診率100%に向けた環境づくりの第一歩となります。

健康診断の労働時間・賃金に関する主要情報へのクイック参照表(リンク集)